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オガララ帯水層についてファクトチェックすると

 まず、水問題を取り上げて、カンザス州とオガララ帯水層を紹介している。

 しかし、アメリカで最も土地が肥沃な穀倉地帯は、中西部のコーンベルトと呼ばれる地域である。土地がもっとも肥沃なこの地域では、トウモロコシと大豆が生産されている。小麦地域であるカンザス州はコーンベルトには接しているが、そこからは少し外れている。小麦はトウモロコシや大豆に比べると収益が劣るので、コーンベルトでは生産されない。

 コーンベルトとは、ミシガン、オハイオ、イリノイ、インディアナ、ミネソタ、ウィスコンシン、アイオワ、ネブラスカなどの各州で、大学のスポーツ連盟であるビッグ10カンファレンスと呼ばれる地域とほぼ重なっている。この中で最も有名な農業州は、フィールド・オブ・ドリームスというケビン・コスナー主演の映画の舞台となったアイオワである。アイオワは全米で生産額2位を争う農業州である。残念ながら、カンザス大学はビッグ10に所属していない。

 しかし、アイオワでは灌漑はほとんど行われていない。降雨を使っている("rainfed"という)だけである。ネブラスカの一部地域を除いて、他のコーンベルト地域の州も同じである。ネブラスカやカンザスは灌漑を行っているが、主として河川水(それぞれプラット川とアーカンソー川)の利用である。オガララ帯水層の地下水を利用しているのは、ネブラスカ、カンザス、テキサス、コロラドの一部地域に限られている。

 オガララ帯水層が枯渇することは好ましいことではないが、かりに枯渇したとしても、コーンベルトの農業生産に支障は生じない。また、ヨーロッパも一大穀物生産地域であるが、ここも降雨を使い、灌漑はほとんど行っていない。

 つまり、世界には降る雨水を利用するだけの農業と、ダムや河川、地下水を利用した灌漑農業がある。番組でも紹介されたように灌漑農業は世界の水使用量の7割を使用していると言われるが、地下水の利用はその一部に過ぎない。日本でも、水田などに灌漑は多く使用され、農業用水は全ての水使用量の7割を占めるが、地下水利用は農業用水の5%程度に過ぎない。

 なお、番組が紹介している不耕起栽培(耕さないで収穫後の葉や茎などを畑に放置して水分の蒸発や土壌の流出を防ぐ)という方法は、1930年代ダストボウルという土壌流出に悩まされたアメリカ農務省が、土壌保全局(今の名称は自然資源保全局)という組織を作って、その防止に努める過程で考え出された方法である。

緑の革命についてファクトチェックすると

 農業の研究者の多くは、緑の革命によって大規模・大量生産が行われるようになり、特定の輸出国の独占が拡大したというNHKスペシャルのナレーションに、相当な違和感を持ったのではないだろうか。短気な人なら、ここでテレビを切ったかもしれない。緑の革命とは、このようなものではないからである。

 緑の革命とは、小麦と米の多収量品種の開発による途上国における穀物の増産である。これは、1960年代後半までにアジアと南アメリカの熱帯地域で大幅な穀物増産をもたらした。

 しかし、限界もあった。それらの品種は十分に肥料を投下しなければ高い収量をあげることができない品種であった。また、高い収量を挙げるためには背丈の短い品種でなければならなかった。背が高いと多くの穀実を維持できず倒れてしまうからである。東南アジアの洪水の多い地域では浮稲という背が高い品種が使われていたが、短稈・短性品種を栽培するためには水の管理ができなければならなかった。このため、多収量品種は水管理が難しく無肥料栽培とならざるをえない水田では効果をあげることはできなかった。米では、その利用は灌漑水田に限られた。また、緑の革命は米と小麦に限られ、アフリカの常食である雑穀、豆類、イモ類には及ばなかった。

 緑の革命は、途上国における米と小麦の増産であって、アメリカ、ブラジル等における農業の規模拡大や生産増加とは、全く別物である。アメリカ等ではこれより以前から穀物の生産性は向上してきている。

 また、特定の国が輸出を独占したとしても、それらの国が輸出制限を行うことはない。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ブラジルなどの主要穀物輸出国が輸出制限を行うことはあり得ない。二度輸出制限を行ったアメリカは大きな痛手を被った。これに懲りたアメリカはもう二度と輸出制限しない。これについては、論座『農業利権プレーヤーが煽る「食料危機」論に惑わされないための穀物貿易の基礎知識』(2020年05月18日)を参照していただきたい。

 また、温暖化によって世界同時不作が起こるのであれば、これまででも穀物生産に影響が生じているはずである。しかし、穀物生産は順調に拡大してきている。

 番組では、外国の環境経済学者にインタビューをして、温暖化による不作、輸出制限によって暴動等が起きると主張させていたが、この人は農業や食料貿易などについての基礎的な理解がなかったようだ。

拡大Jon Rehg/Shutterstock.com

レバノンの問題の本質

 スーパーに食品がたくさんあるのに、高すぎて買えないというのは、番組が主張している食料危機のケースなのだろうか。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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