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「キッズライン問題」とジャーナリズムの役割③

氷山の一角かもしれない

中野円佳 フリージャーナリスト

「キッズライン問題」とジャーナリズムの役割①
「キッズライン問題」とジャーナリズムの役割②

 労働災害でハインリッヒの法則と呼ばれるものがある。「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」というものだ。

 キッズライン登録シッターによるわいせつ事件について、1人目の逮捕直後に、2人目の被害があったことを知った私が本当にぞっとしたのは、「他にもあるのではないか」ということだった。

大炎上した男性シッターの活動停止

 2020年6月4日、私がモーニングクロスで発信した内容をBusiness Insider Japanに掲載したすぐ後、キッズライン社は男性シッターの活動を一括停止をすることを発表した。

キッズラインホームページの「男性シッターによるサポート一時停止のお知らせ」から拡大キッズラインホームページの「男性シッターによるサポート一時停止のお知らせ」から

 この男性シッターの活動停止措置は、フリーランスで働く男性シッターたちの生活を直撃した。また、「男が保育に関わる」ことへの偏見と闘ってきた良質な男性保育士たちの努力を裏切る性差別的な判断でもあり物議をかもした。

 4月末に逮捕者が出て以来、記者会見などもないまま、突如このような決定がされたため、シッターや利用者はもちろん、世の中的にも驚きが大きかった。「たった1人の加害者が出ただけで」男性シッター停止に踏み切ったキッズライン社の判断について、テレビを中心に各種メディアが取り上げ、喧々諤々の議論が行われるのを、私は複雑な気持ちで眺めていた。

 裏でもう1人の加害者がいることを知っていた私は、男性停止措置に対し、これは「氷山」の大きさをキッズライン側も把握できていないということではないかと感じた。実際、後にキッズラインは、会社訪問をしたシッターたちへの非公式の弁明で、「3人目、4人目の加害者が出ることを避けたかった」と説明している。

perisuta/shutterstock.com拡大perisuta/shutterstock.com

「たった1人」じゃないと伝える

 世の中の議論が、正確な背景情報なしに過熱する中で、Aさんの許可を取ったうえで、信頼するBusiness Insider Japanの編集者滝川麻衣子さんに、次の記事の相談をするため、耳打ちをした。

 「これ、『たった1人』じゃないんです」

 私と同じく元新聞記者の滝川さんの動きは早かった。日々ニュースを追い、どのタイミングで記事を入れるかを見極めてきた新聞社出身からすると、喫緊の案件でメディアに提案をして「来週の会議で検討しますね」などと言われるとガクッとくる。今、動いているニュースは、今、入れることに価値がある。

 ただし、記事に書くことで加害者が逃走する、別の被害が出るなどがあってはならない。予定稿を書いて、警察の動きを伺いながら問題がなさそうなタイミングで、キッズライン側に質問を入れた。キッズラインから質問には回答できないという返事があり、6月10日、Aさんの長女の被害についてBusiness Insider Japanで報じた。

 2020年4月末に逮捕された1人目の加害者が、実際にキッズライン利用家庭でわいせつを働いたのは2019年11月だった。その時点でキッズライン側は警察の捜査が入っていることを把握していた。事件発生から逮捕まで半年の時間があり、そして逮捕後に5月3日のお知らせで再発防止策を既に打ったとしていた。

 にも関わらず、その前後にもAさんの長女は別の加害者から被害に遭い続けていた。もしキッズラインが周知してくれていたら、もっと早く気づけたのではないか、あるいはまったく被害に遭わずに済んだのではないか。被害者家族の憤りは、加害者だけではなく、次第に何も説明しようとしないキッズラインにも向かっていた。

 加害者のことを単に退会処分するだけでは、被害があったかもしれない家庭でも気付けないまま、被害が闇に葬り去られてしまうのではないか。Aさんはとにかく問題が起こっていることを広く知らせてほしいと、記事を出すことに同意した。

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筆者

中野円佳

中野円佳(なかの・まどか) フリージャーナリスト

東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社。2014年立命館大学大学院先端総合学術研究科修士号。2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程。過去に厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」委員。2017年よりシンガポール在住。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいの』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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