企業との攻防
2021年03月11日
キッズラインの経沢香保子社長は、以前登壇したイベントで「17年間、広報担当を雇ったことがない」と述べている。それでも様々なメディアに大きく取り上げてもらうことができたということだろう。
企業取材をしていると、時に、記者というのは自分たちに都合のいいことだけを書いてくれるものだと思っている広報担当者や経営者に出会う。それは広告であり、宣伝でしかない。経済メディアは企業広報誌ではない。時には、企業側が書かれたくないことも、書かないといけないときがある。
企業側が出した情報をそのまま載せ、時に事前に記事を見せるなどして相手の言いなりに記事を直してきた新興メディアの罪も大きい。
あるいは、私も取材をされる側になったことがあるが、言ってもいないことを勝手に書いたり、取材対象者側が膨大な赤入れをしないといけなかったりするライターがいて、事前に確認をしなくてはこわくて取材を受けられないという実態もある。
でも本来の経済メディアは、企業を批判的に多角的に見たうえで記事を書いている。もちろん新しい動きを好意的に紹介することもあるが、とりわけ問題が起こった場合には、たとえば他社はどうか、利用者や従業員、株主など関係者はどう受け止めているか、行政からはどう見えているか等を多面的に取材して記事を作る。
その原稿は当然見せることはできないし、企業から見れば都合が悪いことも書かれるかもしれないが、それを広報側はコントロールできるものだとは思わないでほしい。
一方で、では記者というのは企業側にまったく当てずに好き勝手に書くのかというとそういうわけではない。ジャーナリストは通常、当該企業の言い分も聞くという手順は踏む。そこでできるだけ正しい情報を出す、まだ分からないことは分からないと言うということが広報担当者にしてほしい仕事だ。
しかし、私の昨年のキッズライン取材は、先方の全面対決姿勢にぶつかることになった。
そもそも、キッズラインのビジネスモデルはあくまでもマッチングプラットフォームであり、ベビーシッターが提供するサービスそのものにはキッズライン社は法的責任を負わないものになっている。ベビーシッターと会社は直接雇用ではなく、業務委託ですらなく、あくまでも紹介するだけという立ち位置だ。
しかし、法的には問題がないことと、企業として倫理的にどうなのかということは常にイコールではない。また、場合によっては企業として法的責任がないという仕組み自体がどうなのかということを問う必要がある。
その声をあげる上で、当事者たちの想いを代弁し、調査し、拡声器として訴えるのがジャーナリストの役割の1つだ。
一方的に、被害者の声だけで突然企業を糾弾することはしない。企業側の言い分も聞きたかったし、事実確認のためもあり、私は当初からキッズライン広報に取材を申し入れていた。
2020年5月、一番最初にキッズラインに問い合わせをした際、投げた質問は極めて一般的なものだった。「ホームページで犯罪歴チェックをしていると書いてあるが、どのような方法でしているのか」といった質問で、広報から電話かメールで返事が返って来るだろうと考えていた。
ところが、私のもとに届いたのは、弁護士に対応させますという担当者の名前すら入っていないメール
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