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日本の大企業はなぜイノベーションを起こせないのか~「縦割り」を乗り越える異分野融合がカギ 米国の対中戦略に活路あり

ネットワーク型の構造が開く可能性

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

 この30年間、日本企業の凋落が続いている。半導体、スマホ、リチウムイオン電池、5G(通信)、フィンテック、AI、自然エネルギー、医療機器、ワクチンなど、多くの先端分野でシェアを落としている。20世紀に名を馳せた大企業ほどイノベーションを起こせていない。

 いま久々に復活の好機が到来しているのだが、それは後述するとして、まず凋落した理由を考えてみたい。

日本企業に特有な「組織の壁」「縦割り」の構造

よく言われるのは、1990年代のバブル崩壊により大企業が「3つの過剰」(債務、人員、設備)を抱えたことだ。その処理のために、目先の利益に直結しない長期的視野の研究開発を軽視したことが今に響いている。

しかし、そうした景気変動に伴う要因以上に、日本企業に特有な「組織の壁」や「縦割り」の構造に起因していると、筆者は考えている。

エレクトロニクス企業の場合、「総合電機」を自称していても、実体は各事業部の寄り集まりであり、総合力を発揮できていない。役員は事業部の権益を担う代表選手であり、他の事業部は仲間というよりライバルと言った方がいいぐらいだ。

2010年代後半、有名企業の不祥事が続発した。東芝の決算粉飾、三菱自動車の燃費データ改ざん、神戸製鋼所の製品データ改ざん、日産自動車の無資格者による完成車検査などの不正行為が発覚した。

どの不正行為も長年にわたって行われ、担当役員は事実を知っていたが、経営トップや他事業部には隠ぺいされた。

ブレークスルーは異分野の技術を融合することで起こせる

 こうした縦割りの弊害は多くの日本企業に共通する。社員は母体組織の利害を中心に考える結果、全社の技術や人材を結集するような新規事業は成立しにくい。調整に手間取り決断が遅くなる。

 一方、世界を席巻するイノベーションの多くは、異分野の技術や発想を融合することでブレークスルーを実現している。個々の技術は高度化・専門化しており、それぞれ得意技を持つ内外の研究機関や企業、大学との協力が欠かせない。

 行政や予算も縦割りで、異分野融合を支援する体制は不十分だ。ITやモノ作り系は経産省、医療・医薬品系は厚労省、大学は文科省などが主導権を握っている。

 オープンマインドに欠ける企業や行政とは対照的に、いま異分野融合に大胆に取り組んでいるのが大学や大学発ベンチャーである。最近の事例を紹介しよう。

合田圭介東大教授らが開発した超高速の細胞選別装置=合田教授提供合田圭介東大教授らが開発した超高速の細胞選別装置=合田教授提供

異分野の研究者200人が結集したプロジェクトの成果

 東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授は、大量の細胞の中から、目当ての細胞だけを従来の1000倍~2万倍の超高速で分離する画期的な装置(上の写真)を開発した。

 細いガラス管の中に毎秒1000個以上の細胞を1列にして流す。レーザー光を当て、特定の性質を持つ細胞画像をAIで判定し、瞬時にピンポイントではじき出す。

 この開発は内閣府革新的研究開発プログラム(ImPACT)に選ばれ、内外の研究者200人以上が参加した。その分野は物理、化学、情報科学、機械、光学、電気、微生物学、医学など多彩。まさに異分野融合の成果である。

 その用途は、たとえば油分を多く持つ「スーパーミドリムシ」を取り出してジェット燃料を生産する、日本酒・ビール・ワインの醸造に有用な「スーパー酵母」を見つける、コロナ患者に多発する血栓症の原因を解明する、など実に幅広い。

 世界から共同研究の提案が相次いでいる。合田教授は国際学会を創設する一方、ベンチャー企業(CYBO社)を設立してコンパクト化した装置(下の写真)の普及を図っている。

コンパクト化した細胞選別装置(CYBO社のホームページから)コンパクト化した細胞選別装置(CYBO社のホームページから)

水処理、AI、通信、機械技術を融合した「どこでも手洗い機」

 もう一つの事例は、大学発ベンチャーのWOTA社(前田瑶介社長)が開発した「どこでも手洗い機」である。装置に内蔵した20リットルの水を循環させて清浄化し、水道がなくても500回の手洗いができる。

スーパーの店頭に置かれた「どこでも手洗い機」=横浜市内で、筆者撮影スーパーの店頭に置かれた「どこでも手洗い機」=横浜市内で、筆者撮影

 1年前、コロナ感染拡大とともに開発をスタート。自社の水処理技術やAIに他社の通信、機械などの技術を結集し、わずか3か月で製品化した。先進国のほか、清潔な水が不足する新興国からも注文が来ている。

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