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「2050年脱炭素」グリーン戦争の罠

巨大新市場の果実は誰の手に?

原真人 朝日新聞 編集委員

 欧州連合(EU)と米国、そして菅政権の日本。先進諸国が足並みをそろえて「2050年カーボンニュートラル」(温室効果ガスの排出と吸収を差し引きゼロにすること)という目標をめざすことになった。わずか30年で脱炭素の世界を築こうという野心的な目標である。というより実態は実現不可能な「絵に描いた餅」とも言える。

 それを承知で人類が地球上で生き残っていくために挑まねばならないテーマなのか。あるいは根拠なき恐怖シナリオに踊らされただけのフィクションにすぎないのか。米欧中各国はそうした科学的な論争はひとまず棚上げし、このグリーンバブルの果実をめぐる争奪戦になだれこもうとしている。

グリーンバブルと成長戦略

 主要各国はいま野心的な温室効果ガスの排出削減目標を掲げたうえで、自国の環境ビジネスの育成に巨額予算をつぎ込もうとしている。日本も菅義偉首相が昨年10月、国会での所信表明演説で、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現をめざすことを宣言。昨年末には「グリーン成長戦略」を決めた。

臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相=2020年10月26日、国会内拡大臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相=2020年10月26日、国会内

 高い目標を設け、政策を総動員する対象となったのは14分野の産業だ。たとえば洋上風力、燃料アンモニア、水素。いずれも再生可能エネルギー社会を築くのに欠かせないインフラや技術である。原子力も対象となった。原発は安全対策、国民の理解などの面で難題が多いが、原発を抜きにして「脱炭素」の長期計画を描きにくいのが実情だ。

 さらに脱化石燃料が課題となる自動車、再生エネを拡大するためのカギを握る蓄電池、二酸化炭素(CO₂)を回収したあとに有効利用するカーボンリサイクルなどの産業も指定されている。

 菅政権の思惑はカーボンニュートラル宣言そのものより、むしろこのグリーン成長戦略の策定を急ぐところにあったのではないか。今後数十年にわたって最大の成長市場となる可能性が高いこれらの分野で、日本企業のために早く政策面の環境整備をする必要があったのだろう。

 EU、英国などの欧州勢はこうした戦略づくりで先行している。米国も脱炭素に背を向けたトランプ政権から、積極的なバイデン政権に代わり、にわかに民間の投資機運が高まっている。バイデン政権は任期の4年間に約200兆円というケタ外れの投資をこの分野でする意向も示している。実現すれば脱炭素市場でも米国は世界最大となり、関連産業技術で世界をリードしていく可能性が高い。

 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の見通しによると、2050年にカーボンニュートラルにするために必要な2016~2050年の累積投資額は総額130兆ドル(約1400兆円)にのぼるという。国際合意を背景に、これだけ巨大な市場が近い将来にできることが世界レベルで約束されつつある。いわば主要国あげて「グリーンバブル」を膨らませていこうという構図である。

福島水素エネルギー研究フィールドの水素製造施設を視察する菅義偉首相(左)=2021年3月6日、福島県浪江町拡大福島水素エネルギー研究フィールドの水素製造施設を視察する菅義偉首相(左)=2021年3月6日、福島県浪江町

 環境省の中井徳太郎事務次官は「世界は、そして時代はカーボンニュートラルへとはっきり舵を切った。いまは経済と社会システム全体が大きく変わっていこうとするサバイバル競争の局面」と断言する。

 「日本が日本らしくここをどう乗りきるか。その課題の重みを経団連のトップたちも感じるようになってきたのではないか。なぜなら、それ抜きに将来のビジネスモデルが見通せなくなってきたからだ」

「ESG」という金融包囲網

 民間も最近、「ESG投資」の名のもとでグリーンに資金を投じる傾向が強まっている。ESG投資は「環境、社会、企業統治」の3分野の要請を考慮しながらおこなう投資のことである。そうした経営理念のない企業への投融資は望ましくない、という“包囲網”を作るムーブメントでもある。

 脱炭素はESGの最たるテーマだ。それに逆行する経営をしている企業には投融資を避けるべきだ、という機運が近年、年金ファンドや投資ファンド、金融機関などの間で急速に広がっている。代表例が石炭火力発電をめぐる金融サイドからのしめつけだ。

 日本政府は一昨年まで石炭火力発電を国内の基幹電源と位置づけ、途上国向けインフラ輸出の柱の一つと考えてきた。ところが、国内3メガバンクが昨年、石炭火力発電所には新たな投融資をしないと発表。政府は方針変更を余儀なくされている。

 メガバンクの決断の背景には、海外の機関投資家や株主助言会社などがこぞって石炭火力に反対の意向を示すようになり、欧米の主要金融機関がそのビジネスから撤退を進めていることがある。

 化石燃料への投融資から締め出された金融機関は、必然的に再生エネなど脱炭素分野に投資を集中せざるをえなくなり、グリーンバブル化の傾向がいっそう鮮明になってきた。

 ここで疑問が浮かぶ。今後30年という時間軸では、多くの途上国ではいまだに電力不足で国内のエネルギー需要をまかないきれていない。それなのにいきなり再生エネを主力にするのは不可能ではないか。電気自動車(EV)を一気に普及させろといっても、電力インフラが不足している途上国ではできない相談である。

 現実的には、途上国は当面は相対的に安い石炭火力発電によって国内で急増する電力需要を満たしていくしか手がない。ならば本来は日本の高効率石炭火力発電などの技術を導入してもらうことで、古い石炭火力から発電効率を大きく引き上げ、相対的にCO₂を減らしていくことが現実的だ。ところがそういう選択肢はすっかり葬り去られたようだ。「再生エネ化」「EV化」といった枠組みありきで脱炭素議論が進んでいる。

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筆者

原真人

原真人(はら・まこと) 朝日新聞 編集委員

1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた〈20年〉』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。

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