コロナ禍は、この国のさまざまな事象の裏側に隠れていた本質を炙り出した。たとえば人々がすでに東京一極集中から逆行したがっていたこと。政府が本当に考えていたのは復興五輪ではなく「経済五輪だったこと」。そして企業の経営の本音---等々。その中にあって、ここに紹介するのはコロナ以前から、コロナだからこそ、社員の幸せを追求する経営スタイル。こんなことが可能なのか? という驚きと共に---

長府工産・伊奈紀道社長から社員に届く誕生日メッセージカード
コロナ感染──社員は有給の特別休暇、治療費なども会社負担
その日、2020年12月8日、一日走り回った営業車を下りた沢田卓也(仮名)が「身体がぽかぽかしている」と感じたのは夕方のことだった。
山口県下関市に本社を置く長府工産。社員約200人、売り上げ約230億円。かつては石油ボイラーのメーカーとして約30年の歴史を誇るが、いまは従来製品の販売も継続しつつ事業の多角化を果たし、再生可能エネルギー商材へも大きく踏み込むメーカー&商社として、後述するように業界内で高い評価を得ている。
とはいえ、巷によくある規模の中小企業であることは間違いない。
沢田はその横浜支店の営業マンとして、日々忙しいスケジュールに追われていた。
だが微熱を感じた日、帰宅して体温を計ると37・4度。もともと冬には風邪を引く体質ではあったが、「このご時世では検査しないといけない」と思い、翌9日早朝に病院に駆け込んでPCR検査を受けた。
案の定、その日午後家にかかってきた電話は「陽性でした」。同社内での新型コロナウイルス感染第一号になってしまった。だが沢田は殊更に慌てることはなかった。すでに同社からは4月6日には「社員のみなさんへ」と題された「対応ガイドライン」が出ていたからだ。そこには赤字でこうある。
「感染防止の為会社が指示する勤務形態の変更はもちろん、(お子さんの学校の)休校に依る休業等により発生する負担(休業控除)は国の施策がどうあっても全て会社で補填します」
さらに「新型コロナウイルスに関するQ&A」として、「37・5度以上の発熱のときは誰に連絡してどうする」、「PCR検査が陽性の場合と陰性の場合の対応」、「コロナで休暇をとったあとの出社時のハラスメント対応について」等、さまざまな状況を想定しての細かな指示が出ていた。
つまり沢田は感染を確認した時点で、そのマニュアルに沿って「会社がどう対応してくれるか」を熟知していたし、「自分がやるべきこと」が見えていたのだ。
沢田はマニュアルどおりに前日営業車で終日同乗していた山下支店長(仮名)にも報告。山下も「俺も検査に」と判断してこの段階で病院に走った。
結局この二人からは陽性反応が出て、横浜支店はこの日から営業停止となった。
問題はここからだ。通常こういう事態において発症した社員とその家族、あるいは濃厚接触が疑われる社員はどんな扱いになるか?
そこにこそ、その企業が日頃から社員をどう扱っているか?どんな待遇で雇用しているかが見えてくる。
この時の長府工産としての対応を、同社総務部参事の深谷隆二はこう語る。
「弊社ではコロナの第二波が発生したと言われる20年9月から、社員がコロナ関連の出欠を申請する「オレンジカード」を新たに用意しました。これはコロナに感染した人や濃厚接触者が欠勤するとき、あるいは検査で早退や遅刻をするときに使い、全て特別休暇扱いで「出勤」となります。つまりこのカードを何枚使っても通常出勤扱いとなるのです」
もちろんこのカードは家族が発症しても適用される。PCR検査費用も本人だけでなく同居者の分も含めて全て会社負担。感染が確認されれば治療代もホテル代も全て会社が出す。
しかも通常保健所の判断では、症状が出ない感染者は10日間から二週間の隔離でその後は検査もなく「陰性」となり出勤可能となる。ところが長府工産では念のために20日間の特別休暇を出し、沢田には年内一杯出社しなくていいという指示が出た。もちろん特別休暇の出社扱いだ。