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新型コロナのワクチンが1年足らずで開発できた理由~基礎科学が誘発したベンチャーの勝利

米アカデミズムとベンチャーのダイナミズム

吉松崇 経済金融アナリスト

 昨年12月、アメリカとイギリスで、2種類のmRNAワクチンが緊急使用を許可された。ひとつは、アメリカのファイザーとドイツの創薬ベンチャー、ビオンテックが共同開発したワクチン、もう一つはアメリカの創薬ベンチャー、モデルナが開発したワクチンである。

 新型コロナウィルスのゲノム情報が中国人研究者により公開されたのが昨年1月11日だから、世界中の研究者がこのウィルスの詳細を知ってからワクチンが完成するまでに1年を要していない。通常、ワクチンの開発には5年はかかると言われ、これは画期的なスピードである。

 しかも、いずれのワクチンも95%、94%という極めて高い発症予防効果が認められるという。我々が毎年使用しているインフルエンザワクチンの予防効果が60%程度と言われているので、これも画期的である。

ベルギーから到着したファイザー社製の新型コロナウイルスのワクチン(成田空港で)拡大ベルギーから到着したファイザー社製の新型コロナウイルスのワクチン(成田空港で)

mRNAワクチンというイノベーション

 mRNAワクチンは、これまでの常識を破る遺伝子工学の画期的な発明である。ワクチンの完成までには様々な技術がかかわっているが、なかでもとりわけ重要なのが「人工的なmRNA(synthetic messenger RNA)を注入することで、ウィルスの侵入がなくても、体内にウィルスに対する抗体を生じさせる」という技術である。

 この技術と、これを発明したハンガリー生まれの女性研究者、ケイト・カリコ博士(Dr. Katalin Kariko)の業績については、細胞生物学の専門家であるロックフェラー大学の船引宏則先生の解説(『コロナの革命的ワクチンを導いた女性移民研究者』(2020年12月24-25日)がある。

「コロナの革命的ワクチンを導いた女性移民研究者」

「続・コロナの革命的ワクチンを導いた女性移民研究者」

 私は細胞生物学や遺伝子工学の素人なので、この分野の研究について正確に説明する能力はない。私が本稿で検討したいのは、このカリコ博士の発見・発明を含め、どのような人々や組織がかかわることで、僅か1年足らずでこの画期的なワクチンが完成したのか、その社会・経済的な背景を探ることである。

ハンガリーからアメリカに移住した不遇な女性研究者

 まずは、この話の中心人物、ケイト・カリコ博士の物語である。ニューヨーク・タイムズがカリコ博士のこれまでの人生を詳細に報道している(”Kati Kariko Helped Shield the World from Coronavirus” April 8, 2021)。

 カリコ博士は、ハンガリー生まれの66歳。ハンガリー南部の町、セゲド(Szeged)の大学で博士号を取り、その大学の生物学研究所で研究生活を始めたが、間もなく研究資金が底をついて彼女の研究プログラムは閉鎖される。

 カリコ博士とパートナーの電気技師、ベラ・フランシア(Bela Francia)は、彼女の研究を続けるため、1985年、アメリカへの移住を決意する。当時のハンガリーは共産党独裁の政権下である。100ドル以上は合法的に持ち出せず、カップルは車を売った代金を闇市場でポンドに替えて、この900ポンドを当時2歳の一人娘、スーザンのテディベアに縫い込んで出国したのだそうだ。

 家族はフィラデルフィアに移住し、カリコ博士はテンプル大学で研究職を得たものの、パートナーのベラの最初の仕事はアパートの管理人だった。移民一世が最初にアメリカで得られる仕事と言えば、そんなものである。

 カリコ博士の研究は、最初からメッセンジャーRNA(mRNA)に的を絞ったものだった。細胞内でタンパク質が合成されるとき、mRNAが特定のタンパク質のDNA情報を細胞核から細胞質に運んで、同じタンパク質が形成されることが当時すでに知られていた。特定のタンパク質のDNA情報を持った人工的なmRNAを体内に注入すれば、思うがままのタンパク質が体内で形成されるのではないか。これがカリコ博士のアイデアの根幹である。

 カリコ博士は1989年にペンシルベニア大学の循環器外科医の研究室の研究助手(Research Assistant Professor)となるが、研究生活は恵まれたものではなかった。そもそも将来教授になれる可能性が全くないポストで、外部からの研究費の寄付がなくなれば、そこで仕事は終わり。将来の保証も全くない、研究者としては底辺のポストである。

 カリコ博士は、この循環器外科医の教授をはじめ、何人かの教授の下で研究助手を務めて来たが、研究者としての年収が6万ドルを超えたことがないそうだ。また、彼女の人工的なmRNAで思うがままのタンパク質を作るというアイデアがあまりにもファンタジーに思えたのか、なかなか研究費が集まらず、大学を追い出される瀬戸際にいつも立たされていたようだ。

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『労働者の味方をやめた世界の左派政党』 (PHP新書、2019年)、『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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