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コロナのゴールライン 死亡者数が季節性インフルエンザ下回るのが目安

国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックはいつまで続くのか――。制限を受けた社会生活をこの1年続ける中で、そう感じている人は少なくないはずです。1年たってコロナをめぐる状況はどうなっているのか、今後はどう展開していくのか、いわばコロナのロードマップの「現在地」と「これから」について専門家に聞きました。

 初回は、東京都の感染対策にも関わっている国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長です。「データに基づいた議論をして、社会共通のルールを作っていくことが必要」と警告します。

コロナインタビュー1・大曲さん高齢者への新型コロナワクチンの個別接種が行われた会場では、多くの人が外で並んでいた=2021年5月13日、東京都墨田区

今はコロナで亡くなるリスクが下がっていくのを見極めている時期

 世界では、ウイルスの特性が少しずつ分かってきたり、ワクチン接種が進んできたりしてきています。そんななか、日本においては、イギリスやアメリカなどのような多くの感染者や死亡者を出す大流行こそ抑えられているものの、ワクチン接種の遅れや病床確保など課題も山積しています。「論座」では昨年2月~4月、医療のほか様々な専門家10人に連続インタビューをしましたが、その専門家らに再度インタビューしました。順次、連載「新型コロナ・キーパーソンに聞く」として公開していきます。

――日本が今、目指すべきゴールラインについてどのようにお考えですか?

 ゴールラインについては色々な意見がありますが、私はコロナで亡くなる人の数が、みなさんが納得するレベル以下の数になることが重要なポイントだと思います。

 季節性のインフルエンザでも高齢者を中心に亡くなる人がいます。しかし、それをみなさんは社会的危機とまではいわないし、感じませんよね。社会の持つリスクとして許容し、了解されているからです。季節性インフルエンザと比較して、コロナに罹患した場合に死亡するリスクが格段に高いという状況でなくなれば、社会はそれを受け入れるでしょう。

 このように、比較する病気を念頭に置いて考えた方がわかりやすいでしょう。季節性インフルエンザと比較してコロナは怖い病気なのか、ということです。コロナの方が、明らかに死亡リスクが高いということでなくなれば、それをみなさんが社会的リスクとして許容していただけるようになれば、そこでこの病気が普通の病気となると思います。

コロナインタビュー1・大曲さん新型コロナウイルスワクチンを接種する菅義偉首相=2021年4月16日午前11時26分、東京都新宿区の国立国際医療研究センター

――それをゴールラインとすると、日本の現在の状況、つまり現在地はどの地点なのでしょうか?

 コロナにかかった場合に亡くなるリスクが下がっていくのを見極め始めている時期だと思います。リスクを下げるのに有効なのがワクチンです。ただ、それは端緒に着いたのにすぎません。また、私はワクチン接種が広がったからといって、すぐに流行が収束するとは思っていません。ほどほどに新規の感染者が出る状態が続くと思います。死亡者数もシンプルに減っていくわけではないと思います。

 いくつか影響する因子を挙げてみましょう。ワクチン接種が進んだイギリスやアメリカでは、社会的制限を外していますし、大きな波が来る可能性も排除しません。それが結果的に新規感染者数の増減にどう影響していくのか、見極めないといけません。

 日本のワクチン接種の普及はこれからですが、ワクチン接種をしたから社会生活の制限を外すかどうかについては、こうした海外の先行事例を参考にすべきでしょう。個人的には、状況が見えるまでは現行の感染対策をして抑制的にした方がいいと思います。

治療薬で一気に治る病気になることを望むのは飛躍しすぎ

――日本のワクチン接種率がイギリスのように上がってくるには、まだ時間がかかります。おそらく秋や初冬でしょう。これは、昨年のインタビューした段階では想定内でしたか?

 私はワクチン開発については詳しくありませんが、予想より早く開発されたとは思います。加えて、ワクチンの効き目が思ったよりあることに驚きました。

 治療薬について、「特効薬がない」という言説を最近よく聞きます。これはやや的外れの言い方だと感じています。コロナウイルスは風邪のウイルスの一種です。風邪を治すことは大変だということを私たちは以前から知っていたはずですよね。治療薬でコロナが一気に治る病気になるという考え方は、飛躍しすぎかなと思います。

 一方、この1年間、既存薬が転用できないか医療現場では探索してきました。亡くなるリスクを下げる薬がわかってきたこと、現場の感覚からして目に見えて患者の状態が良くなる薬がわかってきたことは本当に良かったと思います。

コロナインタビュー1・大曲さん5千人を上限に観客を入れて行われた大相撲夏場所4日目。手洗いやマスクの着用など、新型コロナウイルスの感染予防が呼びかけられた=2021年5月12日

――急性期医療でのコロナの治療が終えて快復した後、後遺症に悩まれる人がいます。

 私たちはまず急性期の命を救うことに対応してきたので、その後の問題までは読み切れていませんでした。今思えば、私たち感染症医が診てきたウイルス感染症のデング熱などでも、患者にうつ症状が残ったり、髪の毛が抜けたりしていました。重症者になると後遺症が残るという経験は持っていましたが、コロナの快復後に起こるとは考えていませんでした。

 ただし、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)といったコロナウイルスによる新興感染症の流行の記録をたどる、後遺症の問題は起きています。SARSもMERSも日本で流行は起きていませんし、世界的にみても限られた地域で封じ込められていました。今回のコロナでは、患者数が桁違いに多いので、後遺症の問題が顕在化したのだと思います。

――特効薬という言葉が出てきましたが、日本人にとってなじみのある感染症は、季節性インフルエンザです。この病気については、スイスのロシュ社の抗ウイルス薬が登場し、その効き目について日本でも話題になった時期がありました。その後、他の治療薬も登場しています。「特効薬がない」と言ってしまう背景には、日本のこうした事情があると思います。

 治療薬だけに期待をかけるのは違うと思います。重症になるにはそれなりの理由があります。例えば、重症化リスクには肥満や持病の問題があります。この重症化リスクはコロナに限ったものではありません。

対策の効果は、人々の気持ち、世の中の空気に大きく左右される

――日本のコロナ対策のボトルネックや課題は、何だと思いますか?

 行政レベルでの対策を振り返ると、同じ対策でも効果は一様ではないということをこの1年強の経過の中で強く感じました。時期にもよりますが、例えば営業自粛をお願いするとか、都道府県間の移動の自粛をお願いするとかといった対策は、人びとの気持ち次第ですごく効果がでるときと、そうでないときがあります。

 効果は世の中の空気に左右されるということもあります。新規陽性者数が多いときは、リスクを感じて個々人が対策を一生懸命やってくださるけど、新規陽性者数が下がってくるとみなさんの対策の徹底ぶりが緩みます。同じ対策をやっても、同じ結果がでるわけではない。対策を考える際、受け手側の様子まで目を配らないといけないことを実感しました。

 さらに、異論がある方がいるかもしれませんが、感染拡大が厳しい状況下では、人出を減らすことは非常に効果のあることもわかってきました。と同時に、人出を減らすのは大変なことで、行政に非常に強い力が必要なこともわかりました。つまり、現状では、強制力のある対策を行うには限界があるということです。

 1年前は、感染の広がり方がよくわかっていませんでした。今では、外での飲食をきっかけに家庭に入ってくるとか、鉄道の沿線沿いに広がっていくとか、繁華街で人出が減っても感染が増えることがあるのは、裏で長距離の旅行をした人がいたとか、仲間内や親戚で集まってクラスターが起きたとか、複雑な構造があることがわかってきました。

 これをみますと、ピンポイントの対策だけでは押さえ込みは難しいと感じています。

コロナインタビュー1・大曲さん朝の通勤時間帯、名古屋駅周辺はマスク姿の人たちが行き交った=2021年5月10日午前8時21分、名古屋市中村区

――施策の実効性のほか、社会全体で取り組むべきロードマップの共有や自分たちがいる現在地やこれからを共有できていないのはなぜですか?

 最近感じるのは、今までやってきた対策でも、新しい対策でも、方々からの拒絶感がすごく強いということです。例えば、PCRなどの検査を広げるという課題も、日本では諸外国ほど進みませんでした。新しいやり方が提案されると、それに対する欠点ばかりを指摘する声があがってきます。「偽陽性が多いからダメだ」とか、ですね。

 必要なのは、欠点を踏まえつつ、どのように積極的に利用するかという発想のはずなのに、発展的な議論が封じられる空気、息苦しさを感じました。会議で新しいことを言うのもストレスに感じるときがあります。

 新しい提案に、実際に現場で対策を行うための体制作りがすぐには追いつかない、気持ちが追いつかないという面も大きかったと思います。無症状な人も対象に大規模な検査をしても、誰が検体を集めるのか、誰が運ぶのか、誰が検査をしてくれるのか、といった全体像を描かないといけない。そこがはっきりしない中で、また誰が主体となるべきかがはっきりしないなかで、やりなさい、ということがこの間、多かったと思います。

 ただ私も現場の人間であるので、こうした対策を有事に迅速に進めていくことが大変であることは、理解しているつもりです。そこをどう克服すればよいか、それが課題です。

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