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女性が当たり前に働ける工場~長府工産、社員の幸せを創る奇跡の経営(3)

「雇用を守るのが第一。そのうえで市場で勝負しよう」

神山典士 ノンフィクション作家

 目の前に7名の女性工員が並んだ。全員グレーの作業服に帽子、ネイビーの作業ズボン姿。年齢は10代後半から20代半ば。おそらく街で私服で見かけたら、眩しくて話しかけられないだろう。

 所は山口県下関市にある長府工産亀浜工場、2階の会議室。1階の広い作業場からは、ひっきりなしに大きな機械音が響いている。

 コロナ禍を期にその本質が露になった「社員の待遇と経営のあり方」。おそらく日本で「社員を大切にする経営」の最先端にいくと思われる長府工産の「日常」を聞くために、私はこの工場を訪ねた。

長府工産の女性社員たち拡大長府工産の女性社員たち

 同社は8年前から毎年1人(ないしは2人)の高卒女性社員の採用を始めた。彼女たちはいずれも地元の高校を出て入社した。約50名の男性工員に囲まれた職場は、果たして働きやすいのだろうか?そう問うと、その中の1人がはにかみながらこう語った。

女性社員たちへの厚待遇

 「私たち7人の中の3人はママさんです。いまも1人が産休で休んでいます。妊娠出産産休を経ても、この職場に戻りたいと思う。上司も喜んで『戻っておいで』と言ってくれます。待遇は男女で全く変わりありません。そういう社風なんです」

 極当たり前のこととして語られたこの言葉。だが日本の中小企業の現実を見る時、この社風は驚き以外の何者でもないはずだ。

 国税庁発表の「民間給与実態統計調査(2018年)」によれば、日本の給与所得者は5026万人。そのうち女性は41%。女性の平均給与は293万円と男性の54%に過ぎず、非正規の割合は男性の12%に対して39%もいる。正規社員であっても結婚や妊娠で休職した後は復職しにくく、非正規社員であれば産休等の待遇確保も難しい。妊娠出産という女性にとっては当たり前の(さらにいえばこの国の未来を形成する)出来事であっても、仕事を奪われる原因になるという理不尽な現実がある。

 それに対して長府工産では、妊娠出産育児を経た女性でも当たり前に復職している。通常は男女同じ待遇で、女性でも男性と同じ仕事(例えば溶接、組み立て等)が与えられ、妊娠が判明すると身体に優しい仕事に配置転換となる。普段でも女性の職場は溶接や組み立てなどの作業がしやすいように、火傷の危険をなくしたり、重いものを持ったりせずに作業できるように事前に作業環境が改善されている。もちろん男女同一賃金だ。出産と育児休暇中も、上司から「育児を終えたら戻っておいで」と声をかけられ、他の工員たちもそれが普通のこととして妊娠出産を祝福して復帰を待っている。

 さらにインタビューを進めると、彼女たちも気持ちが和んできたのか、怒濤の勢いでこんな言葉が出てきた。

 「女性用トイレは工場内の一番いいところにあります。私たちの希望でホテルのトイレみたいに居心地いいです」

 「作業服のズボンの色も変えてもらいました。来年は上着の色ももっとかわいいものに変えてもらうつもりです」

 「男性と同じ仕事は正直きついなと思いました。でも仕事を任せてくれてやり甲斐のある仕事だから、今では時間がたつのが早いです」

 「私の出身校でも長府工産への就職は人気で、成績が上位でないと推薦してもらえません」

 「両親からは、こんな待遇のいい会社は絶対に辞めるなと言われています。子どもを産んでも働けるし、頑張れば『スキルアップ査定(本稿第1回参照)』でボーナスもあがりますから」

 「入社が決まったら高校の先生がいい会社に決まってよかったねとほめてくれました。びっくりしたのは最初のお給料の時に募集要項に書いてあった金額よりも多くいただいたことです」

 そこで語られたのは、まさに「社員を幸せにする会社」。コロナ禍でも社員ファーストに考える経営は、普段から女性社員にも優しい経営として現れている。

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筆者

神山典士

神山典士(こうやまのりお) ノンフィクション作家

1960年埼玉県生まれ、信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』にて小学館ノンフィクション賞優秀賞。2011年『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社、青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により、第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)雑誌ジャーナリズム大賞受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続けている。最新作は『知られざる北斎』(幻冬舎)、『もう恥を書かない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)「社員の幸せを創る経営」(幻冬舎)等

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