星総合病院理事長で福島県医師会副会長の星北斗さんに聞く
2021年05月26日
医師不足県の一つとされてきた福島県が、新型コロナ対策では病床確保やワクチン接種で全国的な注目を集めています。福島県医師会副会長で星総合病院の星北斗理事長に、「福島モデル」がなぜ好循環を生んでいるのか、日本がワクチン開発でなぜ出遅れたのか、日本の医療行政が抱える課題について聞きました。
星北斗さんは、医療関係者などで構成する「福島県新型コロナウイルス感染症医療調整本部」の構成員です。旧厚生省の元医系技官でもあり、日本の医療政策についても熟知しています。
――地方でも新規感染者数が増えてきています。東京、大阪といった大都市圏では病床確保が大きな問題ですが、福島県ではどうですか?
先日、仙台の放送局からインタビューを受けました。なぜ、人口や医療機関が宮城県の方が多いのに、福島県の方が病床を確保できているのか、という疑問からです。
福島県の即応病床(すぐコロナ患者を診られる病床)は、496床確保されています。仙台や東京などの大都市圏では、公立病院や公的病院が受け入れの中心になっているという報道がありますが、福島県の場合、病床数でも病院数でも民間病院の方が多いのです。私が経営する星総合病院は430床あります。新型コロナの感染者に対応する病床として27床を設けています。ただし、そのためには75床ほど稼働を止めています。
福島県は東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を経験しました。自分のエゴを言っていたらはじまらない、誰かがへそを曲げていたらうまくいかないことが分かっています。広域避難の経験もあり、県医師会と県、福島県立医科大学の3者の距離が縮まっていました。医療資源が少ない中で、誰かに責任に押し付けていたら住民はどうなるのかという視点に立ち、3者が少しずつ歩み寄ってきました。震災時の医療関係者の連携の経験が大きく影響していると思います。
仙台や東京といった都会では、どこかの病院がやってくれるのではないかという発想になってしまうのだと思います。そういう人がいるとオペレーションはうまくいきません。地域ごとの医療従事者のメンタリティーの違いも影響していると思います。
――臨床現場で抱えている課題ありますか。
入院患者も変わってきています。かつては軽症や中等症の人たちまで入院してきました。軽症者のホテル療養が進み、病院は重症者率が高まってきています。看護師の数も、当初より多くの看護師が必要になっています。また、高齢者の感染者に対する食事介助やトイレ介助もすべて看護師がしなくてはならないので、負担が増しています。
今、県に在宅療養者の課題解決について提案しています。県は「保健所が24時間対応します」という言い方をしていますが、他県では急変して搬送先が見つかる前に亡くなるケースもでています。提案は、在宅療養者ごとに困ったことがあった場合に問い合わせる病院を決めておき、決められた病院は定期的に患者に病状を問い合わせるなどの管理を行う仕組みです。
「あなたの見守りをしている病院はここです」「夜中でも変化があったらこの病院に電話してください」と決めた方が安心します。責任関係を明確にし、継続性を確保するためには、契約を伴う「福島県型在宅療養者支援システム」を作るべきだと思います。感染した人は医療機関に任せて、保健所はクラスターをつぶすことに力を注ぐべきです。
――新型コロナ対策の中心は、現状では有効なワクチン開発と接種率を上げること。集団免疫獲得が当面の目標だからです。一方で、接種する医療従事者の確保が整わないという自治体がありました。福島県ではどのような状況ですか?
福島県内の市町村でも、打ち手が確保できないので接種を始められないという自治体がありました。県医師会としては、先日、地区医師会長に、国民が健康危機のときに地域のためにきちんと役割を果たそうじゃないかという趣旨の話をしました。そのうえで、本当に医師や看護師が足りないのなら、県医師会が調整し、他の地域からでも医師と看護師をセットにして市町村に派遣するという方法を示しています。
これも震災経験から、余裕がある地域から困っている地域に医師や看護師を出して助けることは自然なことだと考えています。打ち手が確保できないという言い訳を市町村にさせているようでは、都道府県医師会が機能しているとはいえません。
――ワクチンの確保について、各国で争いになりました。ワクチン接種率が国際的に見て低いことに、批判の声も出ています。
新型コロナのワクチンが自国で開発できず、海外の製薬会社が開発したワクチンを確保してもEUの輸出規制でなかなか輸入できないという状況が起きました。
ただ、冷静に考えて下さい。接種率が高いイスラエルの人口は約900万人です。日本政府は1億2000万人分を確保しなければならず、難しいオペレーションだったと思います。少なくとも高齢者の接種が7月中にはほぼ終わる見込みなので、想定よりは遅れているかもしれませんが、日本政府はよくやっていると思います。
今回のワクチンは特殊なワクチンで、製造方法も機序も保管方法も運搬に対する考え方も新しいものです。それをどうやって遅滞なく分配するのかが政府の課題でした。接種体制が整っていない自治体に届けても意味がありません。また、「足りない、足りない」と強調する自治体だけ送っていては、非流行地の人たちはいつになっても接種ができません。まずは各市区町村に接種体制を整えるため、スタートをそろえたことはよかったと思います。
――予防接種は基本的に市区町村の役割です。なぜ、混乱が起きているのでしょうか?
新型コロナ対策のような巨大なオペレーションは、国が微に入り細に入り決めていたら物事は動き出せません。国が一定程度方向を示し、あとは都道府県と都道府県医師会の調整で決めてくれというオペレーションはよい判断だったと思います。
国に縛られていると「自治体に自由を」といい、今回のように自由度が与えられると「国が決めてくれ」と反発するのでは、子どものけんかです。現在の事態は、一つ一つの自治体の能力が試されている。最適な方法を見つけるポイントは、都道府県と市区町村と都道府県医師会と地区医師会がどれだけ協調し、譲り合えるかにかかっていると思います。
――高齢者の接種の予約が各地で課題になっています。スマートフォンやパソコンに不慣れな人たちや孤立している人たちの問題です。
これは社会の問題と捉えるべきです。自治体の責任だけに押し付けるのはおかしいと思います。私の90歳の母親は認知症です。高齢者の予約開始時に、子世代がパソコン画面や電話に向かい、予約をとりました。「高齢者なんてインターネットできない」と批判することは簡単ですが、子や孫の世代が代わりに予約ができるじゃないですか。地域の人でもいいんです。地域の力、家族の力が問われるのだと思います。
――ワクチン開発では、アメリカやイギリス、中国、ロシアといった国々が先行しています。なぜ、日本は開発や接種で遅れをとってしまったのでしょうか?
まず、日本の予防接種行政を振り返らざるにはいられません。例えば、学校での集団接種は中止になり、任意接種に変わりました。接種を受けた人の中に副反応があり、「高齢者の命を守るために子どもを犠牲にするのか」という批判があったからです。安全性は大切なことですが、そういう時代があり、日本の予防接種行政は腫れ物を触るような感じになってしまいました。
私たち医療従事者も、予防接種のリスクとベネフィットのほか、予防接種は個人防衛だけでなく社会防衛であることをきちっと説明しきれなかったところがあります。このようなことが今回の対応に影響していると思います。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください