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「生命の危機が遠のいてもそこはゴールではない」 新型コロナ対策のロードマップ

東京都23区の特別区長会副会長、成澤廣修・文京区長に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルス感染症対策の切り札となるワクチン接種で、マネジメントの中心になっているのが基礎自治体である区市町村です。未曽有のオペレーションに取り組む成澤廣修・文京区長に、課題や新型コロナ対策のゴールラインについて聞きました。自衛隊による大規模会場での接種が並行して行われていますが、それに加えて東京都も独自の大規模機上での接種を始めるべきなのでしょうか――。

予防接種の予約ができていない高齢者の支援を開始

―――文京区では、ワクチン接種は順調に進んでいますか?

 65歳以上の高齢者接種の予約で混乱が続きました。予約サイトは落ちついても、電話予約もパンク状態が続いていたため、本日から9カ所の地域活動センターで、接種券を持参してきた高齢者に対してパソコンやスマホでの予約を代わりするサービスを始めました。

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー基礎自治体の首長の立場から、新型コロナ対策について語る文京区の成澤廣修区長=2021年5月21日

――パソコンやスマホといったデバイスが使えない人、頼れる家族が近くにいない人に対し、かなり丁寧に対応し、接種率を早期に上げようと試みているのですね。

 文京区には約4万6000人の高齢者がいます。最初に5800人分、以降は1週間ごとに2万人分、1万人分、1万人分といった形で予約を受け付けるルールです。5月末には、希望する高齢者の予約は理屈の上では完了します。

 しかし、14日の予約開始分から、変化が見られました。14日午後になると、予約サイトは混雑しなくなりました。この時点で、自分で予約できるか、誰かに頼んで予約してもらえる人はほぼ予約済になったと想像しました。次に必要なのは、予約ができていない高齢者をどう支援するかです。そこで急きょ、地域活動センターでの予約代行を始めました。できるだけ多くの人を救いたいからです。

国の急な接種スケジュールの発表で混乱拍車

――各地の基礎自治体でなぜ、予防接種の予約で混乱が起きてしまったのでしょうか?

 国は3月上旬、4月中に高齢者の接種を始めるという大方針を示しました。そのため、各自治体、少なくとも文京区は、急いで接種券の印刷を始めました。ワウチンの輸入が遅れるとアナウンスがあれば、5歳ごとの年齢区分で分けて印刷することができ、予約も年齢区分ごとに受け付けることで混乱を回避することができました。しかし、印刷してから手作業で仕分けるのは不可能です。

 さらに今回、突然、7月末までに高齢者接種を終えるという方針を示しました。予防接種の実務を行う基礎自治体では、職員に再び負荷がかかっています。人口が多い基礎自治体の中には、集団接種会場の1レーンで1時間に接種する人数を、当初の20人から25人や30人に増やし、計画上の接種人数を増やす方法をとって国の方針に合わせようとしていると聞きます。国の方針が揺れると、医療従事者や自治体職員は大変です。

 自治体の中には、集団接種と、医療機関で行う個別接種を並行して行うケースがあります。人口の多い自治体は、個別接種の予約を医療機関に任せる方法を取らざるを得ない一方、医療機関も電話が殺到すると通常診療に支障をきたすため、一覧表から医療機関名を削除してほしいという混乱も起きています。

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー「自衛隊大規模接種センター」で、新型コロナウイルスワクチンの接種を受ける高齢者=2021年5月24日午前8時9分、東京・大手町、代表撮影

――自治体によっては個別接種も自治体の予約サイトで行う方法をとっているところがあります。

 人口が少ない自治体は医療機関の数も少ないので、細かな枠の設定を自治体の予約サイトで行うことができます。しかし、人口が多い自治体は、医療機関の数が100を超えるために無理です。

 文京区では、住所で振り分けることを予定しています。区民には「地域の中のどの医療機関になるかわかりません」と知らせたうえで、予約を受け付ける「仮予約方式」をとります。後日、区が申し込みした区民を各医療機関に当てはめ、郵便かメールで通知する形にしています。これだと医療機関に負担をかけません。

 こうした色々な工夫を各自治体で行っているところです。

ワクチンロスを少なくすべきか、スピードか

――ワクチンの輸入にめどが立ったため、感染が流行している地域や人口が多い地域では、基礎自治体の接種と並行して、都道府県が中心になった大規模会場での接種を行うべきだという意見もでています。また、職域接種や大学接種が検討されています。これについてはどう考えますか?

 特別区長会にも、東京都知事から都による大規模会場での接種について相談が来ています。しかし、すでに7月末には高齢者接種は一定のめどが立ってきています。自衛隊の大規模接種もあります。集団接種や個別接種に行くのが難しい人たちには、訪問接種をやっていくことにもなるとと思います。

 基礎自治体では、ワクチンロスを少なくするための接種体制を組んでいるのに、二重予約をしてもはじくことができないシステムで大規模会場での接種を始めると、大量に当日キャンセルが発生する可能性があります。

 職域接種や大学での学生接種も同じです。効率よく接種が進む一方、早期に職域等の接種が始まると今の制度設計のままでは接種者の管理のため、基礎自治体は16歳以上の住民に一気に予約券を発送する必要に迫られます。職域接種では、健康診断と一緒に接種を行うなど工夫をすればいいと思いますが、国や都道府県は現場の仕組みをよく理解したうえで方針決定をしてほしいと思います。肝は職場や学生はデータ管理がそれぞれの所属機関で出来るので、接種券不要にすることだと思います。

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー菅義偉首相との面会を終え、取材に応じる東京都の小池百合子知事=2021年5月21日午後、首相官邸

――この1年、定額給付金の申請や予防接種の予約といった大型のオペレーションを経験するなかで、どこに課題があると思いますか?

 「地方の創意工夫」という言い方をされることがありますが、定額給付金の申請では、国はマイナンバーを推進したかったのでしょうが、住民基本台帳ネットワークとつながっていません。そのため、電子申請をしても、受け付けた基礎自治体は、申請を一度プリントアウトして住基と照合し、住民であることの確認をする作業がありました。途中で電子申請をやめた自治体もありました。

 自治体の定額給付金の申請書発送や振り込み開始をランキングにして報道するマスコミもありました。ランキングが低い自治体の住民は、苦情を自治体に寄せてきました。作業をしている部署が苦情も受けるので、より作業が滞ってしまいます。定額給付金ではこのような悪循環が一部の自治体で起きていました。

 国の方針やマスコミの報道によって、住民向けの対策を実施する基礎自治体の職員にこうした影響が次々と襲ってきた1年だったと思います。

保健師登用を拡大してきたことが大混乱回避につながった

――保健所業務はうまく機能していますか?

 文京区は累計の感染者が約2200人にとどまっていますので、保健所業務が大混乱して自宅療養の人があふれるといった混乱は起きていません。現在の緊急事態宣言中も、子どもがいるなどとして自ら自宅療養を望む人以外は、入院かホテル療養ができています。区内にこれだけ医療機関があることはあり難いことです。

 特別区の保健所の所長や課長(医師)は、東京都のローテーション人事です。しかし、保健師は区の人事で、ここ数年、保健師を積極的に増やしてきました。福祉部門にも保健師を配置し、拡充してきたのです。今回のような緊急時には、そういう部門にいる保健師が保健所業務の応援に入りました。それでも現場には苦労をかけています。

 今後も新たな感染症のパンデミックが起こるかもしれませんので、日ごろから保健師の確保は大切です。保健師だから事務業務ができないわけではないので、将来的には管理職にも登用していきたいと思います。専門人材を中長期的に確保していく必要があると考えています。

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー「基本的対処方針分科会」で発言する西村康稔経済再生相(中央)=2021年5月21日午前、東京都千代田区

――他に基礎自治体として感じているコロナ禍の影響には、どのようなものがありますか?

 文京区は、「文の京(ふみのみやこ)」といっているように大学の街です。東京大学前の飲食店は壊滅的です。各大学では4月上旬、通学とオンラインを併用した授業が行われていましたが、早く通常授業に戻してもらわないと地域経済が立ちゆかないと思います。

 一方、文京区の人口は今年に入って増加に転じています。通勤時間を短くしたい人たち、つまり生活のテリトリーを狭くしたい人たちが引っ越してきているのではないかと思います。例えば、シェアサイクルで霞が関や大手町の職場に通うという人たちが、文京区内のマンションに引っ越してきているようです。ニューノーマルなライフスタイルは、文京区のような地域に人口増をもたらしているのだと思います。

国家の指揮命令権強化だけでは次のパンデミックを乗り越えられない

――基礎自治体の首長として、新型コロナ対策のゴールラインをどこに設定し、そのロードマップと現在地についても教えて下さい。

 生命の危機が遠のいたとしても、自治体としてのゴールラインではありません。新型コロナ対策では、基礎自治体のゴールラインが最も遠いと思います。疲弊した中小企業や生活困窮者の支援、そしてフレイルに陥りやすい高齢者や障害者への支援によって元に戻るまでには、それなりの時間がかかるからです。
新型コロナの流行が落ち着いてきた時点で、新しい事業を踏み出したいが、コロナ禍で資金不足に陥りままならない、といった中小企業に向けた支援策を考えなければなりません。

 要介護認定を受けて週2~3回、デイサービスに通っている高齢者は、専門家が見守っているので急激に悪くなっていることはあまりないと思います。逆に、今まで町会のお手伝いをしていたり、介護予防のために通いの場に通っていたりした、元気にいるために様々な社会活動をしていた高齢者たちの間で、問題が起きています。

 特に高齢者単身世帯や高齢者のみ世帯の人たちは、社会との接点が途切れてしまい、一気にフレイルや認知症が進行しています。民生委員もコロナ禍で訪問が難しいため、担当エリアの80歳以上の高齢者に、「お手紙作戦」や「往復はがき作戦」をしています。

 こうした状況を受け、区では6月から週に1回は必ず1回電話をするサービスを新たに民間事業者に委託して始めます。申し込みをした高齢者を対象にした見守りサービスです。

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー厚生労働省が全国の介護事業所に出した通知。自宅で療養する高齢の新型コロナ感染者について、介護が必要な場合は訪問介護の継続を求めている

――感染症対策のような大規模なオペレーションを行う際、国、都道府県、区市町村の3層構造はどのような影響を与えているのでしょうか?

 ロックダウンのような強権を使わないと解決しないという発想で、中央集権で国や都道府県の危機管理の権限を強めた方がいいという意見があります。では、国や都道府県が基礎自治体の仕事を担うのでしょうか? たぶん指揮命令権のことだけを言っているのでしょうが、それでは定額給付金申請や予防接種予約のときのように、命令一つで動かされる基礎自治体の現場に混乱をもたらすだけです。

 例えば、自衛隊が東京で大規模接種の予約を始めました。現在、対象を高齢者にしていますが、区によっては後期高齢者に先に接種券を郵送し、次に前期高齢者に接種券を送ろうとしていたため、65歳以上の高齢者でも接種券が手元に届いていない高齢者がたくさんいました。そのため、苦情が区に殺到しました。国が施策を打つ際は、制度設計の段階で現場の調査をきちんとしてほしいと思います。

*おことわり:このインタビューは5月21日に行われました。

プロフィール

キーパーソンに聞く・文京区長インタビュー
成澤廣修(なりさわ・ひろのぶ)
文京区長
1991年より文京区議(4期)、同議長、特別区議会議長会会長等を歴任し2007年より現職(4期目)。現在、跡見学園女子大学兼任講師、明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科兼任講師等を兼任。2010年に全国の自治体の長として初めて育児休暇を取得。