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「病気の怖さ」と「社会的に糾弾される怖さ」 バランスが変わった新型コロナ

DeNAの柔軟なガイドラインを作った三宅邦明CMO(元厚労省感染症課長)に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が急速に進んでいます。国民の視線の先には、接種率で先行するイギリスやアメリカ、イスラエルといった国々で、日常生活の規制が緩和される光景があります。一方で、緊急事態宣言が重なるにつれ、人の流れを抑制することが難しくなってきています。

 厚生労働省の元結核感染症課長で、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の三宅邦明・最高医療責任者(CMO)に、新型コロナ対策のゴールラインと現在地、そして20回も改訂を続けているDeNAの柔軟な新型コロナ・ガイドラインの狙いについて聞きました。

新型コロナウイルスの対応について話し合う首都圏4知事ら=2021年5月26日、東京都庁

第一のゴールは、重症者や死亡者がほとんど出なくなった状態

――三宅さんは2020年2月のインタビューで、何度も訪れる「流行の波」をなるべく低くして、医療崩壊がない形でワクチン開発や治療薬開発までつなげていくことが日本の戦略だと話されていました。ただ、国民の間には、繰り返す波を前にして、「いつ終息するのか」といった疑問がわき起こってきています。改めて、日本の現在地と私たちが目指すべきゴールラインについて教えて下さい。

 私が考えるゴールラインは、二つあります。最初に目指すべきゴールラインは、予防接種がある程度進み、感染者はいるけれど、重症者や死亡者がほとんど出なくなっている状態です。そして、最終的なゴールラインは、経済活動や出入国といった多くの規制が解かれ、それが長く続けられる状態です。

変異株が第一のゴールを押し下げた

――ワクチン接種率の目標値についてはどう考えますか? アメリカではワクチンを受けたくないという人、接種率が低い若い年齢層の人に、どのようにしたら接種してもらえるのかという課題が浮上しています。

 一つ目のゴールラインは、ちょっと前までは、高齢者の接種が一巡したところと考えられていました。高齢社会の日本では、重症化や死亡するリスクの高い高齢者の接種率が7~8割になれば、重症者や死亡者は大幅に減るだろうと考えられていました。そこが最大の山場だと思っていたわけです。その後に、成年層や若年層への接種を進めることによって、経済活動への制約が緩和できると思っていました。

 ここにきて、変異株という新しい要素が出てきたため、状況が変化してきています。50代や60代でも結構な割合で重症者が出ているからです。高齢者への接種が7月や8月に終わったとしても、重症者や死亡者が減る状態は後ろ倒しになったと思います。一つ目のゴールラインが遠のいた感じです。

 アメリカのように個人の選択の自由として接種しない人へのアプローチは、二つ目のゴールラインに向けての施策だと思います。リスクとベネフィットを考えたとき、高齢者はある程度納得してくれていると思いますが、65歳未満の層で接種を考えあぐねている人にどうアプローチして背中を押すかが、最終的なゴールラインに向けての課題だと思います。

――私たちが目指すゴールラインを二つにわけて考え、その間、流行の波をできるだけ低く抑えていくことが大切ということでしょうか?

 第一のゴールラインに到達すれば、重症者、死亡者があまり出なくなるので、経済活動の規制をある程度緩めることができると思います。だたし、出入国の管理を新型コロナ以前のように戻すことや、大声をだしてお酒を飲んでいいということにはなりません。二つ目のゴールラインに到達するまでは、マスクを外してもいいということにならないと思います。「アフターコロナ」と言えるのは、二つ目のゴールラインを超えてからです。

遺伝子利用のワクチンの安全性確認は慎重であるべきだと思う

――日本の現在地は、まだとば口ということでしょうか?

 終息は2022年や23年になると思います。毎年、季節性インフルエンザのように予防接種を行い、自由を謳歌(おうか)できる世界が本当のゴールライン、頂上だとしたら、まだ5合目かもしれません。年内に高齢者と基礎疾患を持つ人たちの接種を終えて、重症者や死亡者の数が抑えられるようになったところが8合目で、やっと一休みできるところだと思います。そこから頂上まで登っていく来年以降に、マスクはどうするのか、出入国管理はどうするのかといったことを考えていくのだと思います。

――1年前の想定の範囲内でしょうか?

 ワクチンがこれほど早く使えるようになり、有効性が高いとは思ってもいませんでした。終息の糸口が見えてきたのは早かったと思います。

新型コロナ感染症対策本部で、沖縄県への緊急事態宣言の適用を正式表明する菅義偉首相=2021年5月21日午後6時11分、首相官邸

――日本がワクチン開発で遅れたのはなぜでしょうか?

 「ワクチン候補の開発」と「人体に接種するために必要な治験」の二つにわけて考えましょう。

 まず、「ワクチン候補の開発」ですが、先行するワクチンの多くは、メッセンジャーRNA(mRNA)といった遺伝子を体の中に入れるものです。RNAの遺伝子を利用した薬は、ガンなど様々な分野で研究されてきました。しかし、これまでは体に入れるので怖いという側面があり、なかなか進みませんでした。

 地道に研究し、いざというときに使えるように、他の感染症で研究を進めてきた開発の基礎体力が、日本は欧米に追いついていなかったと思います。日本のビッグファーマが開発できるような環境づくりを今後、していかなければならないと思います。

 二つ目の「人体に接種するために必要な治験」については、日本への導入が遅れたのは、治験のあり方に問題があったという指摘があります。この点はリスクとベネフィットの問題だと思います。

 アメリカのように大流行し、多くの死亡者が出ている状況では、緊急承認のような形で接種を進めることが必要だったでしょう。しかし、日本は相対的に死亡者が少ないこともあり、まだ日本人が使ったことがないワクチンを緊急承認で使うようなことはできませんでした。国会でもワクチンの導入に当たって、安全性を確認し、慎重に導入するようにという議論がありました。そういう意味では、ワクチン導入時期が遅れたとは思いません。

 私は、緊急承認の仕組みに反対しているわけではありません。賛成です。マラリアなど日本で流行していない感染症は、世界各国で承認されていても日本では承認されていない薬があります。感染者が少ないため、ビジネスに任せておくと日本に入ってきません。世界的に使われてきた薬を、緊急時に緊急承認するのは賛成です。

 しかし、今回のような、世界でも所見がない薬の緊急承認については、相当慎重に議論しないといけないと思います。日本は過去、予防接種で相当痛い思いをしてきた歴史がありますから。緊急承認して多くの副反応が出ていたら、逆の議論になっていたわけです。

医療従事者を動かすには、都道府県が主体的に動くことが大切

――地域によって新型コロナ対策で差がでてきているのはなぜだと思いますか? 国、都道府県、市区町村の三層構造の中で、課題に感じていることはありますか?

 大きくわけて二つあります。一つ目は、日本はマイナンバーなど国民に何らかのIDをふることに慎重な姿勢を示してきました。これはもっと早く導入すべきだったと思います。IDがあれば、ワクチンの接種を同時並行でやっても二重予約の問題は回避できました。

 マスクについても、定額給付金についても同じです。感染者がどこで何人発生したかといったデータも、IDがないため色々なところで重複していました。膨大な数合わせの事務作業が発生したのは、国民のIDが整えられていなかったからです。この整備はすぐやらないといけないと思います。

 二つ目は、国と地方自治体の役割分担が、整理しきれていなかったこと、互いに信頼ができていなかったことがあったと思います。緊急事態宣言やまん延防止措置における施策は、都道府県に任せた地域ごとのやり方があっていいと思います。手取り足取り国がやろうとしすぎている感じがしています。

 国は、医師が足りない、モノが足りないという地域に対し、全面的にサポートする点に注力するように役割分担ができれば、多層的にフェイルセーフ構造ができると思っていました。そこができていなくて、国も都道府県も自分がやるという状況になってしまっているところがあると思います。

基本的対処方針分科会を前に話をする西村康稔経済再生相(右)と政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長=2021年5月21日午前8時57分、東京都千代田区

――都道府県や市区町村の首長のリーダーシップ、または医療行政にかかわる人材について、新型コロナ対策で何か見えてきたものはありますか?

 まずは都道府県がやるということが第一です。足りない部分がわかれば、DMATなどを派遣できます。アメリカでも新型コロナのクラスターが見つかったところすべてに、CDCが派遣されているわけではありません。

――自治体が十分に動けていないのはなぜですか?

 感染症や災害に対応する人材の層を厚くしようと強調されてきましたが、まだ足りていなかったのだと思います。

 あとは、自治体の当事者意識でしょう。飲食店の自粛要請のやり方も、自治体によって違いがあっていい。自治体が当事者意識を持って動くことで、カウンターパートナーである都道府県医師会も動き、それが地域の医療従事者を動かすことにつながると思います。

――医療従事者を動かすためにはポイントがあるということですね。

 振り向くと誰もいないから自分たちが感染者を受け入れざるを得ないという地域と、東京や大阪のように周囲に多くの医療機関があるので、様子眺め状態になっているところがあると思います。

「感染者第1号にはなりたくない」という意識が薄れた

――1年が経過し、人々の行動の抑制やコントロール、リスクコミュニケーションの難しさも見えてきました。

 みなさん、何度も流行の波が起きることはわかっていたと思います。専門家も一度の波で終息するとは言っていません。今がんばれば、次にいいことがあるという言い方になってしまい、次の波があることを言わないようになってしまったリスコミは、効果を上げるために仕方がなかったと思います。ただ、それが国民の中に、「何かだまされた」といった印象を作ってしまった。この点は、もう少しリスコミを丁寧に実施しておけばよかったとは思います。

 政府や専門家が発信した情報が短く切り取られるので、とにかく頑張れば一度クールダウンできるというメッセージになってしまうことはしょうがなかった。それよりも私が感じるのは、波が3回目、4回目と訪れる中で国民の受け取り方が変わってきたことです。

 最初のころ、私も自分の周囲に感染者がいなかったので、「感染者第一号にはなりたくない」という思いが強くありました。現在は、感染しても社会生活の中で目立たなくなってきました。感染したときに社会から糾弾されるような恐ろしさは、1年前と違ってなくなったと思います。

 コロナには、病気としての怖さと、社会的に糾弾される怖さの両方がありますが、後者がこの1年で大きく変わり、それが人々の行動に影響を与えているのだと思います。

 もう一つは、長期化する中では、緩急を付けることも大切だという点です。国は、あるときは少し楽をしてもいいよ、とメリハリを示せればよかったと思います。

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