コロナ禍の怒りについてアンガーマネジメントの専門家に聞く
2021年06月09日
オリンピック、ワクチン、自粛……。コロナ禍が長引く中、次々と人々の怒りが集中するキーワードが浮上しています。21世紀は、ICT(情報通信技術)の発達、特にスマートフォンやSNSの登場で、誰もがインターネットを通じて情報を発信できる時代になりました。そのような環境下で暮らす私たちは、コロナ禍の中でどのような点に注意をしていくべきなのでしょうか。アンガーマネジメントの専門家の田辺有理子・横浜市立大学医学部看護学科講師に聞きました。
新型コロナの生け贄探しはもうやめよう~誰にも不要不急の行動はない!
――今年4月、「なぜ日本はワクチンが確保できないのか?」という点がメディアで注目され、政府への不満がSNSを含め多く情報発信されました。5月になると、今度はワクチンの輸入はできたものの予約や打ち手など接種の準備が整っていないことに、不満の矛先は向かいました。そして次は東京オリンピックへと、状況の変化に応じて、次々に怒りの矛先が向けられているように感じます。1年前は「自粛警察」が注目されていましたが、1年経過した現在は行政機関や政治に矛先が向かいがちです。このような社会状況を、どうみていますか?
感染症拡大から1年半、感染への不安だけでなく、長引く自粛生活、経済的な困窮など、厳しい状況のなかでいまだ耐える生活が続いています。質問にあるような社会状況をアンガーマネジメントの視点で整理をしてみたいと思います。
怒りが生まれる仕組みを、ライターにたとえて説明できます。つまり、回転式のヤスリを回すと、火花が散り、オイルやガスに着火する、というわけです。
社会生活の中では、価値観の違いや期待値と違う現実に遭遇することがあります。ワクチンの予約、感染対策、行政機関の対策などで、自分の期待値と違う現実に遭遇することがスイッチになります。ワクチンの予約で電話がつながらない、予約枠が少なくて埋まっていたという現実に対して、想定される人数に対応できる体制で開始すべきだという期待が裏切られ、それによって怒りの火花が散ります。
オイルやガスにあたる「燃料」は、人々の中にあるマイナス感情やマイナスな状態、不安が強い、疲れているといった感情や状態です。コロナ禍ではみんな疲弊していますし、ずっと不安を抱えていて、一人ひとりが燃料をため込んでいる状態といえます。そうした感情や状態が、怒りの火花によって発散されると、怒りの炎が燃えさかるわけです。
同じ状況でも火花を散らす人もいれば、散らさない人もいます。また、火花が散っても、燃料がなければ火は燃えません。期待と違うことがあっても、マイナスな感情やマイナスな状態が少なければ怒るほどでもないと思えるのに、燃料がたまっていると普段以上に強く怒ってしまうことがあります。
――少し具体的に教えてください。
いま、多くの人が大量のマイナス感情やマイナスの状態といった燃料をため込んでいて、そこに色んな火種がでてきているので、次々と怒りの炎が燃えていくのです。そういう構図がいま至るところにあります。
例えば私の周りでは、高齢者のワクチン接種のため、子ども世代・孫世代が総出でネット予約や電話予約をしていました。ワクチンに関する報道などを見て予約できないのではないかと不安になり、その対応への怒りがわく人もいたようです。予約が取れない人だけでなく、直接関係ない人までもが義憤を感じ、怒りの声を上げています。次々起こる状況に対して怒りがわいてきて、社会全体で大きな怒りになっていく状況です。
ところが、別の高齢者の集まりでは「もう1回目のワクチンを打ってきましたよ」という話が聞かれ、予約も接種会場もスムーズに回っているといわれました。私は自分の経験から「高齢者世帯は大変だっただろう」と思っていましたが、実際にうまく回っていた地域もありますし、これだけ大規模なオペレーションであれば、多少のトラブルは想定の範囲と捉えた人もいるのです。こうした怒りは、情報に振り回された結果、起きているものもあると思います。
ニュースが流れると怒りがわいてきて、SNSで誰かを攻撃してみたり、苦情の電話をかけてみたりしてしまう――。こうしたことは、適切ではない発散方法で、こういうことがいま起きているのだと思います。みんなが困っているから自分が声を上げているというような正義感が、攻撃性を正当化してしまう危険性があります。
――新型コロナ対策は数年単位で続くものです。予想以上のワクチン開発が早く、有効性が高かったという評価をする専門家が多いですが、日本はワクチン開発後進国という現実に不満や疑問を持っている人が多いと思います。1年前は、国民性もあってか、法的強制力を使わなくても欧米に比べて感染拡大を抑え込めた「優等生」でした。こういうこともあり、胸のうちのどこかに日本人の自尊心を傷つけられたと感じ、劣等感にさいなまれて、怒りをぶつける人たちもいるのではないでしょうか?
一人ひとりが小さな組織の中で承認欲求が満たされないとか、人と比べて劣等感を持つとかということによって、精神状態を不安定にしてしまうことがあると思います。怒りをぶつける人のなかには、個人の力の及ばないような内容に対して、怒り、攻撃している人もいます。情報があふれるなかで、自分が取捨選択して行動を選ぶことが求められています。ネットの情報に敏感な人の中には、あえてそういう情報から距離を置いている人もいます。
大きな出来事がなくても、長い間、自粛や制限下で生活をしていると、まじめな人ほど、「みんな一緒だから」と考えて頑張ってしまい、知らず知らずのうちにストレスをため込んで疲弊してしまいます。仕事に影響があったり、身近な人が感染したりといった大きな出来事を経験した人たちは本当に大変だと思います。その一方で、小さなストレスが積み重なり、知らないうちにあふれる寸前になっている状態の人もいると思います。
例えば、昨年の秋口ぐらいから、医療や介護現場でのストレスの対処についてアドバイスを求められることが増えました。これもその一つだと思います。
――現場ではどのようなことが起きていて、田辺さんにアドバイスを求めてきているのですか?
感染拡大の初期は、みんなで協力して乗り切ろうと踏ん張っていましたが、コロナ禍での生活が長期化するなかで、いまぐらいの時期は、多くの人が疲弊してきた時期だったと思います。短い期間であれば無理ができるかもしれませんが、緊張感が高いなかでは長く続きません。感染拡大している地域で患者を診ている医療最前線だけではなく、医療や介護など多くの現場で、メンタルヘルスの不調や離職が出てくる、人が減れば現場の負担は増える、患者や高齢者も平時よりもストレスがかかっているので目の前の医療者や介護者に怒りをぶつける、職員のストレスが増して疲弊する、というような怒りや攻撃が連鎖していきます。
そうなると日常のコミュニケーションが減り、十分な対応もできなくなっていきます。働く人一人ひとりのストレスへの対処や、職場のなかでの小さなイライラの発散、相談できる場、組織としての対応など、メンタルヘルスのケアに注力していかなければならないと思います。
――誰でも情報発信出来る時代です。特にSNSは感情表現を表出しやすいメディアであり、それによって共感の輪が広がっていくということがあります。逆に、自分の気持ちを投稿することで一種のストレス解消になっている人もいます。この渦が大きくなると、時には正しい方向に向かうかもしれませんが、時には対策を遅らせる障害になってしまうことがあると思います。社会でコントロールすることは難しいですが、一人一人はどのような点に注意したらいいでしょうか?
誰かを攻撃するとき、自分は正しいという自分中心の発想から攻撃してしまうことがあると思います。しかし、その前に、誰かが傷つくかも知れないという想像力を働かせましょう。ネット上で、自分が匿名で相手の姿が見えないと、容赦なくたたいてしまうことがあります。攻撃する対象が政府や著名人だと、痛みの想像力がなくなってしまうところもあるのでしょう。これはコロナ特有のことではなく、ネット社会でもともとある問題だと思います。
アンガーマネジメントは怒らないためのスキルではありません。上手に怒れるようになるという考え方です。また、不要な怒りに振り回されないことが重要です。
しかし、怒ってもいいということが、イコール人を傷つけてもいいということではありません。意見を言ったり、提案したり、声をあげたりすることで、良い方向に力が働き、事態が動くこともあります。そこには一定の配慮が必要だということです。
また、様々な現場で対応する人も、本来ならもっと丁寧に対応したいのに、ゆっくり関わりたいのに、それができない現実に苦しんでいる人が大勢います。そのうえに、苦情を受けたり、不満をぶつけられたりして、さらに大きな負担がかかることも想定されます。行政機関の方針やシステム上の不満を、目の前の人への攻撃としてぶつけることにも注意したいところです。文句の一つも言いたいと思うことがあったとき、自分が逆の立場だったらどんな気持ちになるだとうかという想像力が必要です。相手があなたの家族だったら、大切な友だちだったら、何と言うだろうか考えて言葉を選んでみてください。
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