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学童保育のエッセンシャルワーカーを襲った公務民間委託の闇

受託企業の入札資格停止から見えてきたこと

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

 公共サービスの民間委託が揺れている。大阪府守口市の学童保育事業を受託している全国展開の大手企業がこの5月、同市と大阪府、京都市から相次いで入札参加資格の停止処分を受けたからだ。

 指導員らの労組に対する不当労働行為が、参加資格停止要件のひとつである「法令違反」にあたるとされた。指導員らは、昨年3月の新型コロナ拡大による一斉休校措置の下でも、働く親を支えてきたエッセンシャルワーカーだ。そこからは、市と委託業者の狭間で働き手の労働権が置き去りにされる公務委託の闇が見えて来る。

感染対策交渉も受けてもらえず

 資格停止されたのは、全国の自治体で窓口業務、図書館、車両運行、受け付け電話交換、給食調理、保育業務、学校内業務などを幅広く受託する一部上場企業、「共立メンテナンス」(本社・東京)だ。

「共立メンテナンス」の本社=2020年5月3日、東京都千代田区「共立メンテナンス」の本社=2020年5月3日、東京都千代田区

 2016年、守口市は「民間ができることは民間に」との方針を打ち出し、2019年4月から、先だって同社に委託されていた学校給食、コミュニティバスの運行とともに、学童保育事業が同社に委託された。

 だが、委託開始後、会社側は、労組の規約の不備などを理由に労組の団体交渉(団交)を拒否し、規約を手直しした後もその姿勢を続けた。それが今年4月、中央労働委員会から不当労働行為と認定された。

 学童保育は放課後から働く親が帰宅するまでの間、子どもを預かる公共サービスだ。昨年3月、政府の要請でコロナの感染防止のため一斉休校が始まり、市は、休校で居場所をなくす子どもたちのために開設時間を朝8時から夜7時までに延ばした。指導員の中尾光恵さんらは、労組を通じてコロナの感染対策について要求を出した。だが、交渉は開いてもらえなかった。「感染への不安の中で、自分たちは働く親たちの命綱、エッセンシャルワーカーなんだという思いが指導員たちを支えていた」と、中尾さんは振り返る。

ベテラン13人を一斉雇い止め

 そんな努力が続いた3月半ば、中尾さんたちに会社側から「注意ならびに通知書」「厳重注意並びに通知書」(以下、注意書)が手渡された。そこには「会社に反抗的」「指示に従わない」として、身に覚えのない行為が列記されていた。

 続く3月下旬、翌4月からの契約を更新しないという通告書が、中尾さんら13人に届いた。13人のうち12人は労組員で、その大半は市の直営時代から1年有期契約を何度も更新して8~37年間働いてきたベテラン指導員だった。

 委託へ向けた公募の際、市は、経験のある指導員を求める保護者たちに配慮し、市で勤務してきた指導員を継続して雇用することを委託企業の条件とした。これを了承した同社が落札し、2019年度からの委託が始まった。それからわずか1年後の契約打ち切りだった。

 労働契約法19条は「更新を期待することに合理的な理由がある場合、雇い止めは無効とする」としている。何度も任用を更新し、しかも委託時の雇用継続の条件がベテラン指導員を求める保護者に配慮したものだったことから考えて更新の継続を期待することは合理的であり、雇い止めは無効ではないのか、という声が指導員たちから上がった。

 2020年5月、契約更新を拒否された指導員のうち10人が、大阪地裁に「合理的な理由・社会的相当性を欠いた不当な契約打ち切り」として雇い止め撤回を求め、集団提訴した。

雇い止めの撤回を訴える手製の横断幕を掲げ、大阪地裁に向かう原告ら=2020年5月15日、大阪市北区西天満2丁目雇い止めの撤回を訴える手製の横断幕を掲げ、大阪地裁に向かう原告ら=2020年5月15日、大阪市北区西天満2丁目

質問や意見は「反抗的」?

 その裁判からは、「反抗的」「指示に従わない」の背景にある運営方針をめぐる食い違いが見えて来る。

 会社側が指導員に出した「注意書」では、「2019年9月、保護者説明会においても、長く支援員をやっているのでこれまでやってきたことを変えないと反論し、会社に対して反抗的であった」とされている。

 一方、指導員らによると、委託前には子どもたちに楽しく過ごしてもらおうと、手作り昼食(調理実習)や体を使う遊び方を行っていたが、委託後は、食中毒や事故が起きたら困るとしてストップをかけられることが増えたという。9月の保護者説明会でも、手作り昼食を求める保護者側に対し、会社側は「開催は4回まで」と突然上限を持ち出して渋った。そうした中で、同席した指導員が「なぜ5回目の手作り昼食をしてはいけないのか」と質問しただけだったと言う。

 指導員たちは、子どもの育ちについて会社側に意見を言うのは専門職としての義務、と考えてきた。市の直営時代から、団交を通じて職場の改善を求め、委託後も、子どもたちの玩具の整備やコロナによる職員への休業補償、雇い止め後はその撤回を訴えるため団交を求めた。「会社側は、スキルや熟練にもとづいて提言する専門職でなく、服従する安価な従業員を求めていたのか」と指導員は振り返る。

 会社側は、取材に対し、「係争中でもあり詳細はお答えできないが、雇用契約内容や勤務状態で判断している」と答えている。

「労務管理から解放」というサービス

 住民からも、雇い止め通告があった昨年3月、継続雇用の約束が1年で破られたとして市に抗議文が提出されている。これに対し市は、「人事には関与しない」と回答するにとどまった。

 そんな姿勢の理由を推察させるくだりが、内閣府のサイト「窓口業務の民間委託に係る先進・優良事例集」(2017年10月2日付)にある。

 ここに紹介されている同社の事例には、「委託効果」の一つとして挙げられた「事務の効率化」のひとつに「非正規職員の労務管理から解放」が含まれている。労務管理からの解放がサービスの一環なら、「人事には関与しない」と市が考えるのもうなずける。

 だが、市はこの事業に5年契約で毎年3億5000万円の委託費を出し、指導員の人件費や待遇確保はこの委託費に支えられている。市民から預かった税を支出している限り、市民サービスの基礎となる指導員の労働条件や、労働権の保護に、市の監視は不可欠だったはずだ。

沖縄まで広がった波紋

 こうした中、昨年4月の大阪府労委に続き、今年4月、中労委も団交拒否について「不当労働行為」と認め、会社側に、団交に応じるよう命じる。その波紋は守口市の外にも広がっていった。まず大阪府が5月13日から1カ月の入札参加資格停止を決め、18日には京都市が、21日には遅ればせながら守口市も3カ月の参加停止に踏み切った。

 いずれも、入札が集中する時期を外れているため、直接的な影響は少ない。だが、是正効果は大きかった。

 まず、同社が団交拒否を続けていた沖縄県南城市の特別教育支援の現場で同月24日、団交が始まった。守口市の学童保育労組にも会社側から、団交を受けるとの回答が来た。

 さらに、京都市で同社が計画している仁和寺前のホテル建設について6月3日、12人の弁護士が連名で、市に再検討を申し入れた。同市の「上質宿泊施設誘致制度」に基づく建設計画だったが、その要綱に「雇用の創出・安定化に寄与する事業」という要件があり、中労委による不当労働行為の認定や、13人の雇い止めはこの要件に合わないとの主張だった。

仁和寺前に計画されているホテルのイメージ図=京都市提供仁和寺前に計画されているホテルのイメージ図=京都市提供
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監視を欠けば税は流出する

 このような広がりの背景には、公務の民間委託の拡大と、そこでの労働権の軽視に対する懸念の強まりがある。

 いま、民間委託は様々な分野に及び、同社のホームページでは、意思決定などに関わる「コア事業」だけを自治体の本体が担当し、それ以外の公共サービスはすべて「ノンコア(核ではない)事業」として受託する「包括業務委託」構想まで示されている。

 だが、「ノンコア」とされた一線の業務は、相談支援やケア事業など、住民の生活と生存に密着している。住民にとっての「コア」は、むしろこちらだ。「労務管理からの解放」というサービスによって、こうした業務の担い手の労働権が抑え込まれれば、身近な公共サービスの質は担保されないことになる。

 先に述べた守口市学童保育でのコロナ対策要求でも、団交が円滑に行われていれば指導員たちは、安心して子どもたちに対応できたはずだ。団交が「労働基本権」とされているのは、それが働く側の実情を雇う側に伝える、限られた貴重なパイプだからだ。会社側の拒否はこれを妨げ、市はそれを放置した。

 非正規職員が自治体職員の3人に1人ともされる中で、昨年度から、1年契約の非正規職員を合法化する「会計年度任用職員」制度が始まっている。これまで自治体は、短期契約を反復更新して実質長期とすることで、熟練が必要な相談業務やケア的業務要員をかろうじて確保してきた。「1年契約」の合法化でこうした人材の育成・定着が危ぶまれることになり、今後、その部分を民間委託でしのごうとする動きが加速しかねないからだ。

 ここに、利益を上げ、株主に配当することを使命とする民間企業が参入した場合、一番安易な「使命」の達成法は働き手の待遇抑制だ。そこに行政側の監視が働かなければ、税金は働き手(=住民)に回らず、受託企業の本社や株主など自治体外に流出してしまう。

「責任回避のリスク」は非営利でも

 営利企業に問題があるなら非営利組織への民間委託なら問題はない、と考える人もいるかもしれない。だが、そこにも「委託」を通じた行政の責任回避のリスクはつきまとう。

 昨年11月、千葉県四街道市の学童保育の主任指導員だった秋山竜一さんは、放課後児童クラブ(学童保育)事業を受託する市社会福祉協議会を相手取り、地位確認や未払い賃金の支払いなどを求める訴訟を千葉地裁に起こした。

提訴後、会見を開く秋山竜一さん(中央)=2020年11月2日、千葉市中央区提訴後、会見を開く秋山竜一さん(中央)=2020年11月2日、千葉市中央区

 訴状などによると、秋山さんは2013年から1年の短期契約を更新して学童保育の指導員として働き続けてきた。昨年1月、翌年度からの入所児童数が大幅に定員を超過することを知り、市内の学童保育指導員会会長という立場から、保護者らと増員に見合った施設の整備や指導員の処遇改善などを市や社協に働きかけた。その約2カ月後の昨年3月30日、別の施設への異動が内示された。契約満了の1日前、新型コロナが広がる中でのできごとだった。撤回を求めると、3月末付で雇い止めを通告された。

 労契法18条は、5年を超えて雇用された有期労働者の無期雇用転換権を規定している。秋山さんは、社協がこれに違反しており、雇い止めの理由にも合理性がないとして訴訟に踏み切った。

 同社協は「係争中なのでコメントは控えたい」と話しているが、保護者らからは、「子どもを預けたい住民が増えているのに市がこれに見合う予算を出さず、モノ言う指導員を封じ込めて乗り切ろうとしたのでは」と疑う声が出ている。

労働法研修と公契約条例の普及を

 これらの事件に共通するのは、民間委託が働き手を労働権保護についての行政の責任を回避する通路になっているのではないか、という住民たちの疑問だ。

 委託は本来、DV被害者支援など、新しい公共サービスのノウハウを持つ民間人に任せることで税をより効果的に使うためのものだったはずだ。その原点を取り戻すには、まずは次の3つの方法

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