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学童保育のエッセンシャルワーカーを襲った公務民間委託の闇

受託企業の入札資格停止から見えてきたこと

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

監視を欠けば税は流出する

 このような広がりの背景には、公務の民間委託の拡大と、そこでの労働権の軽視に対する懸念の強まりがある。

 いま、民間委託は様々な分野に及び、同社のホームページでは、意思決定などに関わる「コア事業」だけを自治体の本体が担当し、それ以外の公共サービスはすべて「ノンコア(核ではない)事業」として受託する「包括業務委託」構想まで示されている。

 だが、「ノンコア」とされた一線の業務は、相談支援やケア事業など、住民の生活と生存に密着している。住民にとっての「コア」は、むしろこちらだ。「労務管理からの解放」というサービスによって、こうした業務の担い手の労働権が抑え込まれれば、身近な公共サービスの質は担保されないことになる。

 先に述べた守口市学童保育でのコロナ対策要求でも、団交が円滑に行われていれば指導員たちは、安心して子どもたちに対応できたはずだ。団交が「労働基本権」とされているのは、それが働く側の実情を雇う側に伝える、限られた貴重なパイプだからだ。会社側の拒否はこれを妨げ、市はそれを放置した。

 非正規職員が自治体職員の3人に1人ともされる中で、昨年度から、1年契約の非正規職員を合法化する「会計年度任用職員」制度が始まっている。これまで自治体は、短期契約を反復更新して実質長期とすることで、熟練が必要な相談業務やケア的業務要員をかろうじて確保してきた。「1年契約」の合法化でこうした人材の育成・定着が危ぶまれることになり、今後、その部分を民間委託でしのごうとする動きが加速しかねないからだ。

 ここに、利益を上げ、株主に配当することを使命とする民間企業が参入した場合、一番安易な「使命」の達成法は働き手の待遇抑制だ。そこに行政側の監視が働かなければ、税金は働き手(=住民)に回らず、受託企業の本社や株主など自治体外に流出してしまう。

「責任回避のリスク」は非営利でも

 営利企業に問題があるなら非営利組織への民間委託なら問題はない、と考える人もいるかもしれない。だが、そこにも「委託」を通じた行政の責任回避のリスクはつきまとう。

 昨年11月、千葉県四街道市の学童保育の主任指導員だった秋山竜一さんは、放課後児童クラブ(学童保育)事業を受託する市社会福祉協議会を相手取り、地位確認や未払い賃金の支払いなどを求める訴訟を千葉地裁に起こした。

提訴後、会見を開く秋山竜一さん(中央)=2020年11月2日、千葉市中央区拡大提訴後、会見を開く秋山竜一さん(中央)=2020年11月2日、千葉市中央区

 訴状などによると、秋山さんは2013年から1年の短期契約を更新して学童保育の指導員として働き続けてきた。昨年1月、翌年度からの入所児童数が大幅に定員を超過することを知り、市内の学童保育指導員会会長という立場から、保護者らと増員に見合った施設の整備や指導員の処遇改善などを市や社協に働きかけた。その約2カ月後の昨年3月30日、別の施設への異動が内示された。契約満了の1日前、新型コロナが広がる中でのできごとだった。撤回を求めると、3月末付で雇い止めを通告された。

 労契法18条は、5年を超えて雇用された有期労働者の無期雇用転換権を規定している。秋山さんは、社協がこれに違反しており、雇い止めの理由にも合理性がないとして訴訟に踏み切った。

 同社協は「係争中なのでコメントは控えたい」と話しているが、保護者らからは、「子どもを預けたい住民が増えているのに市がこれに見合う予算を出さず、モノ言う指導員を封じ込めて乗り切ろうとしたのでは」と疑う声が出ている。

労働法研修と公契約条例の普及を

 これらの事件に共通するのは、民間委託が働き手を労働権保護についての行政の責任を回避する通路になっているのではないか、という住民たちの疑問だ。

 委託は本来、DV被害者支援など、新しい公共サービスのノウハウを持つ民間人に任せることで税をより効果的に使うためのものだったはずだ。その原点を取り戻すには、まずは次の3つの方法

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筆者

竹信三恵子

竹信三恵子(たけのぶ・みえこ) ジャーナリスト、和光大学名誉教授

和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授・ジャーナリスト。2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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