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コロナ対応・医療政策で都道府県の成績評価 コロナ後に訪れる医療の抜本改革

医療政策に詳しい池上直己・慶応義塾大学名誉教授に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルス感染症対策をきっかけに、日本の医療の脆弱(ぜいじゃく)さに驚いた人は少なくないのではないでしょうか。『医療と介護 3つのベクトル』(日経文庫)の著者である池上直己・慶応義塾大学名誉教授に、医療政策の視点から現状と課題について聞きました。

オンラインでインタビューに答える池上直己さん

「現場任せ」の医療政策では緊急時に対応できない

――新型コロナのパンデミックは、日本の医療が抱えるもろもろの弱点を露わにしたと感じています。この1年間の政府のコロナ対策について、専門の医療政策の観点からどのようにお感じになられていますか?

 国は、診療報酬によって医療費を抑制し、在宅医療などの政策目的を推進してきましたが、基本的には現場任せでした。平時はこうしたやり方でも問題は生じませんでしたが、緊急事態にはうまく対応できませんでした。

 例えば、新型コロナ以前にも、患者の受け入れ先の病院が決まらず、救急車が「たらい回し」されたという記事が散見されました。こうした問題は、どこまで改善されたのでしょうか? 偶発的に発生した不幸な問題として扱われ、必ずしも抜本的な対策は講じられませんでした。

 確かに地域によっては、救急搬送の調整窓口の一本化や、迅速に病院へ搬送できるような体制づくりを構築しましたが、多くの地域ではそこまでの対応がなされていません。そのため、大きな手術や専門的な対応が必要な重症(傷)患者の搬送困難例が発生したときにはメディアで取り上げられました。

 急に重症化する人がいるので、搬送や入院治療に大きな負担がかかるため、地域の医療提供体制のキャパシティーを超えてしまいました。そのため平時には対応できていた地域の医療提供体制も、新型コロナ禍にあっては対応が難しくなり、国民の危機感が高まったわけです。つまり、もともと地域にあった医療提供体制の問題が顕在化したということです。

――「もともと地域にあった医療提供体制の問題」は、なぜ生じてきたのでしょうか?

 日本の医療政策の特徴は、それぞれの地域特性に対応したやり方、つまり現在の各地域における医療提供体制を肯定し、それぞれの医療機関が同じような医療サービスを継続して提供することが前提となっています。国はたびたび抜本改革を唱えてきましたが、実行したことはありませんでした。その結果、日本の医療は地域ごとにガラパゴス的に独自に発展してきました。そのため、新型コロナに迅速に対応することが難しかったわけです。

 確かに日本の医療政策によって、これまで医療費を諸外国と比べて抑制し、高齢社会にも対応してきました。しかし、感染症対策を行政として十分対応してきませんでした。ちなみに2003年の新型コロナウイルスによる「SARS(重症急性呼吸器症候群)」のパンデミックの後、未知の感染症に対応する医療機関の整備をすることが課題となりました。しかし、財源は投入されず、医療機関は整備されませんでした。

 つまり、救急医療において抜本的な改革がなされてこなかったことが、未知のウイルスに対する対応を遅らせた一因であったと思います。

築地市場跡地に設置された新型コロナワクチンの大規模接種会場で、傘をさして並ぶ人たち=2021年6月14日、東京・築地

「事業」としての取り組みが必要

――日本の医療政策は、2000年代に入り、政府の財政健全化を背景にした医療費の抑制が重要課題でした。それを受けて診療報酬の抑制だけでなく、補助金の削減も政府一丸となっておこなわれてきました。こういうことが影響しているということでしょうか?

 そういう一面もありますが、国や都道府県の救急や非常時の医療といった「政策医療」への取り組みが、元々不十分であったと思います。国や都道府県の財政が厳しいので通常の医療のコストを抑制しなくてはいけない中で、「政策医療」にも取り組まなくてはいけないうえ、その「政策医療」の中で、感染症の比重は低かったです。

――日本は、政策医療として感染症の優先順位が低かったのは、なぜなのでしょうか?

 感染症対策は保健所に任せてきましたが、保健所は腸チフスや赤痢といった旧来の伝染病に対する対応が中心でした。これに対して、台湾などはSARSなどの空気感染に対して新たな対策を進めましたが、日本はSARSの感染が広がらなかったこともあって、対策に本腰を入れませんでした。ここに問題があったと思います。

――2000年代に入り、都道府県が所管する保健所の業務がかなり市町村に移行しました。保健所の統廃合も進みました。コロナ禍で保健所の業務がパンクした背景には、こうした行政機関のスリム化も影響したのではないでしょうか?

 問題は保健所の数の減少にあるのではなく、保健所の硬直した運営体制にあります。仮に新型コロナ流行時における保健所の職員が2倍多くあったとしても対応できなかったと思います。そもそも非常事態に対して、公務員の定員や年度の予算という枠組みで対応できません。したがって、緊急に対応した「事業」として捉えて、積極的にリソースを投下できる仕組みとなっていることが重要だと思います。

 例えば、PCR検査についても事業化して対応するべきでした。そうしなかったことによる問題は、検査への対応の遅れだけではありません。保健所が感染確認した感染者数だけが感染者数としてカウントされ、企業が従業員に民間のPCR検査を行ったとしても、その結果はコロナの陽性率を出す際の分母にはカウントされません。

 検査を「事業化」して民間に委託する、あるいは保健所で臨時職員を雇うという発想がなく、規定された保健所の業務や保健師などの職員の所管の範囲で対応しようとしたところに問題があり、そこがボトルネックになってしまったわけです。

飲食店従業員向けのPCR検査で受け付けを待つ人たち=2021年6月3日、高知市

政策医療への関与が薄かった都道府県

――そうした判断は都道府県や保健所設置政令市のリーダーがするべきだと思いますが、なかなかできないのはなぜでしょうか?

 そもそも、都道府県は公衆衛生を行政の中心的な政策課題として捉えていません。医療に対しても、同様に位置づけは低かったと思います。関心があったとしても、公立病院への対応に留まってきたと思います。

 一方、国は医療費の一部に税金を支出しているため、責任を持って対応する必要があり、厚生労働省において医療は中心的な業務となっています。また、区市町村も、国民健康保険の保険料率を決め、保険料を徴収する責任があり、保険料を徴収する以上、医療を確保する責任もありましたので関心がありました。

 そのような状況下で、県は新型コロナ対策で重要な役割を担うことになりました。その結果、知事も衛生当局の職員も、大きな発想の転換を迫られました。つまり、不得意な分野において、急きょ対策をたてなくてはいけませんでした。なにより知事として記者会見をしなくてはいけなくなったので、大変であったと思います。

――都道府県が医療提供体制を整備する政策の一つに「地域保健医療計画」の策定があります。しかし、知事が責任者であっても、日本は民間医療機関が多く、総合病院では大学の医局から医師を派遣してもらっていることも多いため、なかなか整備が進まないという実情がありました。

 県が医療機関を機能別に重点化して整備していくための財源は元々なく、最近少し予算がつくようになりましたが、医療体制を再構築するほどの規模ではありません。そのうえ住民も病院のリストラには必ずしも賛同しません。例えば二つの公立病院が統合されれば、アクセスが悪くなる住民は反対します。

 どこの国でも、こうした反対はありますが、日本では行政が押し切ることは難しいでしょう。感染症患者に特化した病床を整備しようとしても、近隣の住民は感染の広がりを恐れて反対するかもしれませんので、難しい面がいっそう大きいと思います。

Onlyshaynestockphoto/shutterstock.com

都道府県のコロナ対応の「スコアカード」を

――都道府県の知事の対応を見ていると実に様々です。自ら考えている知事がいる一方で、「国に決めてほしい」「国に指示してほしい」という国任せのような発言をする知事もいます。これに対し、大枠の仕組みは国がつくるけど、個別の判断は都道府県ごとにやったほうがいいという説明をされる厚生労働省関係者もいます。

 確かに、国に頼るだけの知事もいますし、そうでない知事もいます。例えば、埼玉県の大野元裕知事は積極的に自主性を発揮し、的確に対応してきたと私は思います。

 これはメディアへのお願いですが、各都道府県の新型コロナ対応について、一般読者にもわかる指標をつくって、どの都道府県が主体性を持って取り組んできたかがわかる「スコアカード」を作ってみてはどうでしょうか。

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