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富裕層への課税強化、基準は「富」か「所得か」〜アメリカ超富裕層の資産への税議論から考える

「所得税のアキレス腱」としての含み益問題

森信茂樹 東京財団政策研究所研究主幹

 米国の非営利団体プロパブリカは、IRS(内国歳入庁)の納税記録を匿名の情報源から入手し、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏ら米国の超富裕層が、所有する資産(「富」)に比べて所得税をほとんど払っていないことを、“The Secret IRS Files: Trove of Never-Before-Seen Records Reveal How the Wealthiest Avoid Income Tax”という表題で公表した。

 米国では(わが国も)、「富」に直接課税する税制を導入していないので、彼らが「富」に応じた所得税を払っていないこと自体は、なんら法律違反(脱税)や租税回避ではない。しかし、このような事実の暴露は、一般米国民の公平感を逆なでし、大きな議論となりつつある。

米民主党左派が強く主張する純資産への課税

 昨年の民主党プライマリー(予備選)では、左派の大統領候補であるエリザベス・ウォーレン上院議員が、純資産が5000万ドルを超える個人に2%、10億ドルを超える場合は3%の課税をする累進富裕税を提案した。それにより得られる10年間で約3兆ドル(310兆円)の税収は、学生ローンの支払い免除などの財源に充てるとした。ウォーレン氏はプライマリーで敗れはしたものの、この提案は、民主党左派の主張として、生き残った。

バイデン米大統領(archna nautiyal/shutterstock.com)バイデン米大統領(archna nautiyal/shutterstock.com)

 一方民主党穏健派のバイデン大統領は、4月に「米国家族計画」を公表した。中低所得者の保育費の負担軽減や子育て世帯への支援(給付付き税額控除の拡充)、さらには低所得の単身・子どもなし世帯への支援(給付付き税額控除の拡充)などで、10年間で1.8兆ドル(約200兆円)の規模である。

 その財源は富裕層の所得税増税、具体的には、個人所得税の最高税率の引き上げ(37%から39.6%へ)、世帯所得100万ドル(約1億1000万円)超に対するキャピタルゲイン増税(20%から39.6%へ)、相続時の簿価引き上げの廃止(キャピタルゲイン増税)などで、10年間で1.5兆ドル(約170兆円)の増収を予定している。

 歳出・予算権限を持つ米議会・共和党との協議はこれからだが、富裕層増税の賛同者は多く、中間選挙をにらんでの駆け引きとなる。

アメリカ家族プランの概要(2021年5月予算案)=筆者作成アメリカ家族プランの概要(2021年5月予算案)=筆者作成

 今回のプロパブリカの暴露は、米国富裕層への課税強化や格差是正は、キャピタルゲインなどの所得税増税では十分ではない、「富」(資産)への課税強化をすべきだ、という民主党左派の議論の方が「説得性」を持っていることを示した。

なぜ「富」への課税強化なのか

 以下、「富」への課税強化の論拠を、彼らのバックボーンであるエマニエル・サエズ氏とガブリエル・ズックマン氏(いずれもUCバークレー教授)の主張(「つくられた格差」光文社)も参考にしながら紹介してみたい。

 まずは、なぜ所得税(キャピタルゲイン増税)では対応できないのかという点について。

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