リスクを考える三つの要素
2021年06月23日
コロナ禍での五輪開催で、菅総理以下五輪関係者は「安全・安心な大会を実現する」と繰り返しています。
昨年までは、「世界がコロナに打ち勝った証しとして開催する」というのがキャッチコピーでしたが、今は五輪関係者の誰もこのような発言をしなくなりました。このキャッチコピーが正しかったなら、世界はコロナに打ち勝っていないのですから、五輪は中止するか、打ち勝ったと言える日が来るまで延期するのが、論理的な結論です。しかし、思い出したくないのか、だれからも指摘されないからなのか、五輪関係者は皆口を拭っています。代わりのキャッチコピーが「安全・安心」です。
私は疫学にも医療にも関わっているものではありませんが、これまで関係してきたなかで「安全・安心」が重要な分野があります。それは“食の安全”です。
環境条約においては、汚染が発生してからよりも、発生自体を防止する方が効率的であるという考え方に立ち、未然防止のための制度が構築されてきました。地球温暖化対策もその一つです。食品の安全性についても、事故が発生してから対処するという考え方に代わり、「安全と証明されるまで安全とは言えない」とか「事故の対応より予防に重点」という考え方が採られるようになりました。このため、安全を証明する必要性とどの程度問題が起きる可能性があるかを知る必要性が生じてきました。
さらに、発ガン性物質については、ゼロリスクは科学的に証明できない状態になってきたので、実際に使用する濃度や量、摂取する量で安全かどうかを評価することが行われるようになりました。
これらを踏まえて考え出されたシステムがリスクアナリシスです。牛海綿状脳症(BSE)が発生した際、わが国の食品安全行政は混乱しました。2003年に公布された「食品安全基本法」はこのリスクアナリシスを基本としています。
リスクアナリシスは、リスクアセスメント(どれだけリスクがあるかを推定し)、リスクマネージメント(リスクを軽減する為の措置をとる)、リスクコミュニケーション(その際リスクについての情報・意見を交換する)の3要素から構成されます。
リスクアセスメントは「食品中の有害物質を摂取することによって、どの程度の確率でどの程度健康への被害が起こるかを評価する」科学的なプロセスです。これに対してリスクマネージメントはリスクアセスメントに基づいて経済的、社会的需要も考慮していかなる措置をとるのが合理的かという行政的・政治的プロセスです。リスクコミュニケーションはそのすべてのプロセスにおいて行政、専門家、消費者などの関係者の間で行われます。
リスクアセスメントの結果を踏まえ、リスクマネージメントでは、どのような政策や措置が可能かを検討します。その際、すべての関係者と意見・情報を交換しながら(リスクコミュニケーション)、どの程度リスクを受け入れることができるか、および各政策・措置のリスク低減効果、措置を講じるためのコストとそれにより減る損失や将来の利益、何も措置を講じない場合のコスト、食品の安全に係わるリスクとその食品を摂取することによる利益(栄養素の摂取など)や摂取しないことによる栄養的リスクの比較、食品の安全性に係わるリスクとそれを低減することにより出現する新たなリスクとの比較等を行うとされています。
日本では、リスクアセスメントについては食品安全委員会が、リスクマネージメントについては、食品添加物の指定、農薬等の残留基準、食品の加工・製造基準の設定などは厚生労働省、家畜の飼料、動物用医薬品、農薬、肥料など生産資材の安全確保や規制などについては農水省が、それぞれ担当しています。リスクアセスメントとリスクマネージメントは別だという認識と科学的なプロセスであるリスクアセスメントに政治的な配慮が介入されないようにしようとするものです。
「安全」とは、リスクアセスメントという科学的評価に基づく客観的な概念であるのに対し、「安心」とはリスクマネージメントにおいて考慮される心理的・主観的な概念です。
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