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サミット利用政治の罠にはまった有志提言の悲劇

「中止」論排除で五輪開催にGOサイン

小此木潔 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

 政治の力と計略が専門家たちの叡智を上回った。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら有志26人が18日に発表した提言は、「五輪ありき」という政権の路線の枠内に押し込まれてしまった。尾身氏の説明によれば、英国で6月11日から13日まで開いたG7サミット(主要7カ国首脳会議)で首相が五輪開催を表明したので有志提言は東京五輪の「中止」論を封印したのだという。しかし、このような事態は、サミット利用政治の罠にみすみすはまり込んだ結果としか思えない。

拡大G7サミットで記念撮影を終えた菅義偉首相(中央)。前列左はバイデン米大統領、同右は議長のジョンソン英首相=2021年6月11日、英国・コーンウォール

「国際的な場での表明」が理由に

 「無観客開催が望ましい」「決めた以上は感染を拡大しないようにやっていただきたい」。尾身会長が日本記者クラブの会見で述べた言葉は、東京五輪については「開催ありき」の政治路線を丸のみしたうえで注文をつけるというものだった。司会者が最初の質問で、中止や延期について言及がない理由を尋ねたことに対する、尾身氏の以下の言葉でそれは一層明確だ。

 「なぜ中止ということを言及しなかったということですよね。首都圏の状況ではリバウンドの可能性が高いので、当初はそもそもこのオリンピックを開催すべきかどうか、開催の方法も含めてそうしたことを議論していて、提案書の中にはそうした文章があった時期がございました」
 (中略)
 「そうした中で、実は最近になってもう総理がG7のサミットで開催を表明した。国際的な場で表明したということで、当初我々は開催の有無ということも含めて検討してくださいという文章があったわけですけど、ここにきてもう開催の有無を検討することは実際的にほとんど意味がなくなったので、我々はそれよりむしろ7月の開催の前でも、期間中でも、強い対策、これは緊急事態宣言も含まれると思いますけど、強い対策を採ってくださいということに最終的になったということです」

「サミット利用政治」に押し流された

 会見で質問に答えた脇田隆字・国立感染症研究所長も、はじめは中止という意見もあったが、首相がG7で開催を表明したことで流れが変わったと述べた。6月20日にTBSテレビの「サンデーモーニング」で有志提案参加者の一人、厚労省クラスター対策班員でもある東北大学教授の小坂健教授(元国立感染症研究所主任研究官)も、中止という意見について聞いた関口宏キャスターの質問に、以下のように答えた。

 「しばらく前の時点では、多くの方がオリンピックはなかなか厳しいんじゃないかということを盛り込もうという話になったんですが、やっぱりもう国際的にやるんだというふうに国のほうもIOCのほうも決まった以上、その中でどうやって感染管理をしていくか、ということについて提言させていただいたということになっています」

 しかし、こうした理由付けは釈然としない。菅首相が東京五輪開催への決意を表明したのは、4月16日のバイデン米大統領との日米首脳会談にさかのぼる。これに対しバイデン氏も、首相の努力を支持すると述べたことになっている。

 やがて英国のG7サミットで同様の光景が繰り返されることは、すでにこの時点から十分に予測できていた。サミットの「共同宣言」や「共同声明」は各国外務省の官僚たちが春から何度も文案のすり合わせをして、サミット開会前にできあがっている。こうした作業の結果、たとえば農産物の市場開放など国内では抵抗のある政策も、G7での合意に盛り込まれた国際公約だからと言って転換を図り、押し切ったりしてきたのである。

 サミットはもともと米国の覇権の衰えを補完するための各国の政策協調の場だが、参加国の内政と外交の調整が行われ、各国首脳がお互いの政治を支えあう場としても機能してきたのである。外圧や国際公約を盾に、サミットで政治課題を解決していくのが「サミット利用政治」だ。

 今回、政府が描いたサミット戦略の柱は、東京五輪への決意を示し各国の賛同を得ることによって、国内の反対論を抑え込む、ということであったろう。その結果、サミット共同声明の結語で「新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の団結の象徴として、安全・安心な形で2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催することに対する我々の支持を改めて表明する」との文言が盛り込まれた。

 政治家や官僚たちと数々の調整場面を経験してきた尾身会長は、こうしたサミット政治の流れを当然、理解する立場にあった。開催が約1カ月に迫ったタイミングで有志提言を発表するのではサミットでの決意表明に先を越されるということについて、尾身氏らが想像力を欠いていたとは思えない。もっと早い時点でなぜ開催を含めたリスク評価を示さなかったのか、不思議でならない。

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

ジャーナリスト、上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で取材。論説委員、編集委員を経て2014年から現職。著書に『財政構造改革』『消費税をどうするか』(いずれも岩波新書)、『デフレ論争のABC』(岩波ブックレット)。監訳書に『危機と決断―バーナンキ回顧録』(角川書店)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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