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「量的緩和」の長期化という泥沼~英議会の白川方明公聴会があぶり出した日銀の堕落

「前借り需要」の繰り返しは生産性を低め結局は経済の足を引っ張る

原真人 朝日新聞 編集委員

なぜインフレに火が付かなかったのか?

 質問の口火を切ったのは経済問題委員会の委員長で、閣僚経験もあるフォーサイス卿だった。

 フォーサイス卿(委員長)「ミスター・シラカワ、日本で量的緩和をやってもインフレに火が付かなかったのは、なぜだと思うか?」

フォーサイス卿拡大フォーサイス卿

 質問が終わると、画面が切り替わり、日本からオンライン参加した白川氏が画面上に現れた。白川氏は英語で「ありがとう委員長。貴族院の経済問題委員会にお招きいただき、たいへん光栄です」とあいさつし、さっそく証言を始めた。

 白川氏「日本で量的緩和をやってもインフレに火が付かなかったという質問だが、多くの先進国の中央銀行はいま、多かれ少なかれ同じような状況にある」

 「日本では最近、過去の非常に低いインフレ率に影響を受けてインフレ予想がそこに『適合的』になっているという説明をよく聞く。そして、日本の過去のインフレ率が低いのは、金融政策が十分に積極的なものではなかったからだという。私はこうした議論に納得していない」

 インフレ予想が過去の実際のインフレに「適合的」というのは、つまり、過去にも物価が上がらなかったから、消費者が「これからも上がらないだろう」と過去にひきずられた予想になりがちになることを指す。

 2013年春に白川氏のあとの総裁に就任した黒田東彦・日銀総裁は「2年ほどで2%インフレ目標を達成する」と自信満々に公約を掲げた。それから8年、その目標は実現のめどさえ立っていない。その間、日銀は2年で達成できなかったことについて、さまざまな言い訳を持ち出した。原油価格が下がっている、携帯電話料金の値下げが影響している……などだ。そして、いよいよ他に説明のしようがなくなって持ち出した究極の言い訳が「適合的」だった。

 だが、そもそも「適合的なインフレ予想」を変えるために異次元緩和で「黒田バズーカ」を何発も発してきたのではなかったか。いまさらそんな言い訳を持ち出されても……と斬って捨ててもいいような話なのだが、白川氏は懇切丁寧に「納得していない」理由を語った。ざっくり要約すると、次のようなものだ。

 ――いまの各国のインフレ率の違いは、それぞれもともとのインフレ率が異なることを反映しているにすぎない。日本のインフレ率は1980年代にはG7で最も低い2.5%だった。同じころ米国は5.4%、英国は6.4%。もともとインフレ傾向が違った。そしてどの国も並行的にインフレ率が下がってきた結果が現状だ。日本が小幅のマイナスインフレに陥ったのは、もともと低かった水準がさらに下がったからである。
 ――日本の物価がそうなった大きな理由の一つは終身雇用だ。日本企業は雇用を優先する代わりに賃金を抑えてきた。国際的に見れば日本が非常に低い失業率と、抑制された賃金やインフレ率という組み合わせになっているのは、そのためだ。

 さらに白川氏は、サマーズ元米財務長官による「インフレを押し上げようとした日銀の広範囲の努力はまったくの失敗だった。中央銀行が金融政策でいつでもインフレ率を定められるわけではない」という最近の発言を紹介しつつ、「このような経験を真剣に受け止めて金融政策の基本に立ち返らなければならない」と述べた。


筆者

原真人

原真人(はら・まこと) 朝日新聞 編集委員

1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた〈20年〉』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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