完成度がいま一つの調査報告書。反論せずに公開した東芝のあり得ない判断
2021年07月15日
東芝の「株主への圧力問題」について、6月30日付拙稿「東芝・永山取締役会議長の再任に株主が『ノー』を突き付けた本質的理由」に引き続いて述べる。今回は、6月10日の公開からわずか2週間程度で、東芝の取締役4人、代表執行役副社長と執行役常務を加えて計6人が退任に追い込まれた主因である「調査人による調査報告書」のうち、東芝経営陣と経済産業省が株主に圧力をかけたとされる問題についての分析を試みたい。
最初にご理解いただきたい点がある。日本では弁護士は正義のために仕事をするという印象を持つ向きが多いが、(日本が参考とすることの多い)米国では弁護士は依頼人を勝訴させるために法律を駆使する専門家に他ならない。依頼人が悪人か善人かは、弁護士にとって重要ではない。英語には「悪徳弁護士」という言葉は存在しないことが、それを物語る。弁護士への敬称として「先生」と呼ぶのは、日本独特の慣習にしか過ぎないのだ。
最近では、日本でも米国的な弁護士観が強まっているようだが、これは本稿で二つの調査報告書を比較する際に重要な視点となる。
本論に入る前に結論の一つを先取りすると、東芝の取締役会は、6月10日に調査人から提出された調査報告書を、自分たちの意見を添付しないまま、同じ日のうちに公開すべきではなかった。この判断こそが、東芝を今回の窮状に追い込むことになった「最大のミス」であろう。
私が「最大のミス」とまで言う理由は、グローバルなガバナンスから見て、東芝が昨年の株主総会前から今年の株主総会まで重ねてきた幾つかのミスの中でも、とりわけ深刻だと感じるからである。
なぜ、そう感じるのか。以下、順を追って説明する。
6月10日に提出、公表された「調査人による調査報告書」は、東芝の大株主のEffissimo Capital Management Pte Ltd(以下、エフィッシモ)に推挙された3人の弁護士(以下、調査人)が3月18日の臨時株主総会で承認され、3カ月の期限で行った調査である。121ページに及び、内訳は、▼弁護士選任の経緯から具体的な調査内容の説明までが15ページ▼議決権問題31ページ▼株主への圧力問題75ページ。6月25日の定例株主総会で、3人の弁護士の筆頭と思われる前田陽司弁護士は「自分達は経営陣が選んだ第三者委員会ではなく、会社からも株主からも独立した調査をした」旨の宣言をしている。
25日の定例株主総会は3時間にわたった。うち会社側からの説明は1時間余り。内訳は、ビデオによる業績説明が15分▼綱川智代表執行役社長兼最高経営責任者(CEO)による経営方針の説明が5分▼調査人による調査報告書の説明が40分、▼永山治取締役会議長による調査報告書への対応方針が3分である。残りの時間は株主からの質問とそれへの回答である。
この時間配分をみると、東芝が今回の定例株主総会において、調査報告書の説明に会社からの発言の柱に据えたのは明らかだ。だが、弁護士が調査内容を丹念に説明するのに対し、会社側からは特段の反論もなく、これから真因を調査すると言うにとどまっている。結果として、総会に出席した株主に調査報告書の正しさが印象づけられた感は否めない。東芝は総会の時間配分を誤ったうえ、反論をしないという選択をしたことで、エフィッシモら「もの言う株主」(価をしないというのは、グローバル・スタンダードではあり得ない。東芝にすれば、6月10日の公表日からたった2週間では何も出来なかったということかもしれないが、だとすれば、スケジュールも含めてアクティビスト側の圧勝といって言っていいだろう。
東芝は調査報告書を公開してから11日後の6月21日に、3月18日の臨時株主総会の段階では公表しなかった独自調査(2月実施)の報告書(以下、「内部調査書」)を発表した。しかし、これも「焼け石に水」だった。
というのも、内部調査書の中では、監査委員会が株主のハーバード・マネージメント・カンパニー(HMC)から「著しく不適切な時期に著しく不適切な接触を受けたため議決権行使をしなかった」旨の説明を受けたにもかかわらず、その相手が誰かを明らかにすることなく、「更なる調査を必要と認めるべき事項は認識されなかった」とするにとどまっているからだ。
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