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アクティビストに負けた東芝~「日本型資本主義」の復活はありうるか

世界の企業が表向き持つ「倫理」は正しいのか? 日本人的道徳は通用しないのか?  

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

アクティビストと目的が一致した車谷CEO

 東芝が、エフィッシモや外国人等の投資家から6千億円の調達を行ったのは2017年12月。その5カ月後に車谷暢昭・代表執行役会長兼最高経営責任者(CEO)が誕生するのだが、この時、アクティビストが彼に信任を与えたのは、両者の目的が一致したからだろう(東芝の取締役会は事前に大株主には車谷氏を紹介したはずだ)。ちなみに、各種報道によれば、車谷CEOを推挙したのは日本政府なので、この段階では、官民と株主の目的が一致していたと考えるのが合理的だろう。

 実際、車谷CEOは、就任後からメモリー、セキュリティー、パソコン、物流部門の4部門を相次いで売却した。これは「財務上の数字の世界」(≒売却によりキャッシュフローを増やし、短期的には黒字も増やす方法)だったので、元銀行マンである彼の得意技だったと考えられる。

 ところが、アクティビストが株価を上げるために他の部門売却も要求すると、様相が変わった。防衛やエネルギー部門は売却できないという壁にぶつかった東芝は、この難題を乗り切るために監督官庁の権力を使おうとした。それが、企業倫理の範囲を超える行動だったのだ。

拡大外部弁護士らによる東芝の調査報告書。「不当に株主提案権の行使を制約しようとするものであった」などの記述がある

東芝にとって問題含みの人事

 ここで、読者の方々に理解してもらいたいのは、社外から企業立直しのために迎えられるCEOとアクティビストとは、「リターンの極大化」という目的を共有する点で利害が一致するということだ。

 そうした観点から、2015年からの東芝の公開情報を冷静に読み解くと、社外取締役の永山治取締役会議長の就任(2020年7月末)前から、取締役会もこの目的に沿った両者の判断を支持していたことが窺われる(真実を確認するためには、株主権を行使して取締役会議事録を閲覧する必要があるが……)。

 ただし、2018年4月、PEF(Private equity fund)であるCVCキャピタル・パートナーズ代表取締役会長でシャープの社外取締役でもあった、元三井住友銀行代表取締役副頭取の車谷氏をCEOとして招いたことは、企業再生を進めようとする一方で、東芝とっては問題含みの人事だったようにも感じる。

 PEFは企業に投資して再生後に売却することで高いリターンを取ろうとするファンドだが、実態は「選択と集中」という大義名分を掲げ、コスト削減を徹底して、出来るだけ短期に高いリターンを取ることを旨とする。また、同業他社の内情を知る取締役が即座に東芝のCEOに就任することは、(日本でなければ)利益相反との誹りを免れなかったかもしれない。これは、道徳観の問題だ。

 事実、車谷CEOは就任半年後、東芝のパソコン部門をシャープに売却、本年4月にはCVCに東芝を売却しようとした問題で辞任する羽目になった。

 おそらく彼は、企業倫理のもとで、株主と一致した部門売却を続けることで、自分を選んだ日本政府や株主との関係を良好にしてきたが、防衛やエネルギー産業だけが残る状況に近づいた段階で、日本政府の立場を寄らざるを得なくなり、一方で株価が低迷したため、株主との関係が悪化するというジレンマに陥ったのではないだろうか。それを打開するため、車谷CEOはまず日本政府の手を借り、次に古巣のCVCによる東芝の丸ごと買収提案を受け入れる話を進めたということではないだろうか。

 彼にすれば、取締役会は問題発生時には頼りにならなかった。東芝の執行部も、慣れ親しんだ手法として、経済産業省を頼ること以外の提案を持たなかったのだろう。車谷CEOはある席上で、東芝のことはほとんど何もわからないと漏らしたそうだが、メガバンクという日本株式会社の権化のような場所で働いてきた彼をしても、東芝は経営の難しい会社だというのが本音だったのだろう。

拡大東芝の看板=川崎市

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筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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