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福島原発「東日本壊滅」の危機に何を学ぶか

巨大リスクに向き合い脱原発の道を

小此木潔 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

 東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の大事故から10年あまり経ったが、当時の吉田昌郎所長(故人)が語った「東日本壊滅」の危機に関して、その実相はなお解明されていない。それでも、奇跡的な偶然が重なって危機が回避できた様子がだんだんと見えてきた。菅政権が脱炭素を隠れ蓑にしつつ老朽原発も含めて再稼働の方針を打ち出している現在、フクシマの経験に何を学び、原発の巨大リスクとどう向き合うか、あらためて考えてみるべきではないだろうか。

吉田所長が「死んだと思った」危機

拡大福島第一原子力発電所の免震重要棟で、報道陣の質問に答える吉田昌郎所長(当時、中央)。右は細野豪志・原発担当相(当時)=2011年11月12日、福島県大熊町

 政府の事故調査委員会の2011年8月の聞き取り調査に吉田所長が応じた内容を記録した「吉田調書」は、福島第一原発事故の深刻さを示す貴重な資料だ。その核心は、2011年3月15日の事態についてである。

 4つの原子炉のうち、1号機と3号機の建屋で水素爆発が起き、2号機は原子炉内の圧力上昇を緩和するベントができず、格納容器ごと爆発する危険に直面していた。4号機は運転停止中だったが、原子炉建屋最上階の燃料プールに保管してある大量の燃料棒が冷却できずに溶ける恐れがあった。

 同日午前6時14分に2号機圧力抑制室の圧力がゼロになり、吉田氏は「格納容器が破壊された可能性がある。非常事態だ」と判断し、「(原子炉の)運転に関わる人間と保修に主要な人間だけ残して1回退避しろ」と命令した。

 吉田氏は「ここで本当に死んだと思ったんです」「ここは一番思い出したくないところです」と振り返り、以下のように語っている (2011年8月8、9両日の聞き取り調査結果)。

 「燃料が溶けて1200度になりますと、何も冷やさないと、圧力容器の壁抜きますから、それから、格納容器の壁もそのどろどろで抜きますから、チャイナシンドロームになってしまうわけですよ。(中略)燃料分が全部外へ出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージは東日本壊滅ですよ」

 チャイナシンドロームとは、原発の過酷事故で溶融した炉心が格納容器を貫通し地中にのめりこんでしまう大惨事を指し、原発事故を描いたアメリカ映画(1979年制作)のタイトルにもなって、知られるようになった表現だが、地下へ溶融が進むだけでなく、地上の広範な地域に人が住めなくなる危機が目前にあると吉田氏は直感し、命がけで立ち向かったのだった。

 作業員が退避し、冷却のための注水が止まり、1-4号機のすべての燃料棒がメルトダウン(炉心溶融)する危険があった。そうなれば、チェルノブイリ事故を上回る史上最悪の原発事故になっていた。

■福島第一原発事故の主な経緯

〈3月11日〉
14:46   東日本大震災が発生。福島第一原発1号機の原子炉が自動停止
                 2、3号機の原子炉も続いて自動停止
15:30すぎ 全ての交流電源が喪失(1~3号機)
21:23   政府、第一原発から3キロ圏内の住民に避難を指示
〈3月12日〉
5:44     政府、10キロ圏内の住民に避難指示
8:03     吉田所長、1号機ベント操作実施を指示
14:54    吉田所長、1号機原子炉への海水注入を指示
15:36    1号機の原子炉建屋が水素爆発
18:25    政府、20キロ圏内の住民に避難指示
19:04    1号機の原子炉内に消防車で海水注入を開始(消火系ラインを使用)
〈3月13日〉
13:12    3号機原子炉内にも消火系ラインから消防車で海水注入開始
〈3月14日〉
11:01    3号機の原子炉建屋で水素爆発
夕方     清水正孝東電社長が官邸に複数回電話、「撤退」の打診と受け止められる
〈3月15日〉
4:00すぎ  菅直人首相が清水社長を官邸に呼び、「撤退なんてありえない」と伝える
5:30すぎ  菅首相が東電本店に乗り込み、「命をかけて」などと激しい調子で呼びかけ
6:14ごろ  4号機の原子炉建屋で爆発、2号機圧力抑制室の圧力計測値がゼロを示す
6:15ごろ  吉田所長が、作業に必要な人員を残し福島第一から退避せよと部下に指示
       所長は「チャイナシンドローム」「東日本壊滅」をイメージ、死を意識
6:37    所長が原子力安全保安院に「対策要員の一部が一時離脱」と通報
11:00    政府、第一原発から20~30キロ圏の住民に屋内退避を指示

 2号機の原子炉は計測データから見て燃料棒が露出し溶け出しているが、減圧できないので冷却水も入らず、危険きわまりない状態にあった。圧力容器が圧力上昇に耐えられずに爆発したり、核燃料がそのままメルトダウンして圧力容器と格納容器を破って漏れたりすると、放射能が外にまき散らされる。それで一帯は作業不能になり、1号機も3号機も注水不可能に陥って2号機と同様の状態になる、と吉田所長は考えた。

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

ジャーナリスト、上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で取材。論説委員、編集委員を経て2014年から現職。著書に『財政構造改革』『消費税をどうするか』(いずれも岩波新書)、『デフレ論争のABC』(岩波ブックレット)。監訳書に『危機と決断―バーナンキ回顧録』(角川書店)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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