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ポスト菅も逃れられないアベノミクスの呪縛

官製株価とマイナス金利による「異常な均衡」を破る政治家は登場するか

原真人 朝日新聞 編集委員

 自民党総裁選に向けてポスト菅をめざす顔ぶれが出そろいつつある。総裁選やその後に控える衆院選では新型コロナ対策が最大の論点となるだろう。ただ、国家運営の将来にかかわる重要テーマはほかにもある。安倍・菅両政権下で進められてきた放漫な財政・金融政策もその一つだ。日本銀行に国債を買い支えさせることによって保たれてきた国家財政を続けていてよいのか。「現代の錬金術」であるアベノミクス体制の継続は是か非か。その観点から総裁候補の評価と展望をしてみたい。

「輪転機ぐるぐる」から「紙とインクでお札」に

 どうやら今でも総裁選の影の主役は安倍晋三・前首相のようだ。党内実力者として候補者選びに影響力を及ぼしているのはもちろんだが、それだけではない。「第3次安倍政権」待望論も党内にはくすぶっているからだ。

 安倍氏はこのところ地方遊説で再びアベノミクスの宣伝活動に乗り出している。この夏におこなった講演は、9年前に民主党政権から政権を奪還したころの演説をほうふつとさせるものがある。安倍氏は、安倍政権や菅政権が昨年度、コロナ対策の財源捻出のために100兆円を超える国債を発行したことについてこう述べている。

 「子どもたちの世代にツケを回すなという批判がずっと安倍政権にあったが、その批判は正しくない。なぜかというとコロナ対策においては政府・日本銀行連合軍でやっていますが、政府が発行する国債は日銀がほぼ全部買い取ってくれています。みなさん、どうやって日銀は政府が出す巨大な国債を買うと思います? どこかのお金を借りてくると思ってますか。それは違います。紙とインクでお札を刷るんです。20円(のコスト)で1万円札が出来るんです」

 熱弁に会場がどっとわくと、安倍氏はこうたたみかけた。

 「日銀というのは政府の、言ってみれば子会社の関係にある。連結決算上は実は政府の債務にもならないんです。だから孫や子の代にツケを回すな、これは正しくありません。私はいまの状況であれば、もう1回、もう2回でもいい。大きな(コロナ対策予算の)ショットを出して国民生活を支えていく。大きな対策が必要だと思います」

経済財政諮問会議であいさつする安倍晋三首相。右端は黒田東彦・日銀総裁=2014年1月20日、首相官邸経済財政諮問会議であいさつする安倍晋三首相。右端は黒田東彦・日銀総裁=2014年1月20日、首相官邸

 9年前、総選挙を前に当時自民党総裁だった安倍氏は「輪転機をぐるぐる回して日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」と演説した。私はそれを知り、政府がタブーとしてきた日本銀行による財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)を、自民党総裁が堂々と提唱したことに大きなショックを覚えた。

 のちにアベノミクスと呼ばれるようになるこの経済政策論はしかし、現実となった。日銀は400兆円近い国債を買い上げ、政府は今も営々と借金財政を膨張させている。そこからの出口論が政府・日銀で表だって語られることはない。アベノミクスは政府財政を「健全化」のくびきから完全に解いてしまったのである。

巨大リスクためこむ日銀の国債買い支え

 ただ、懸念されてきた国債暴落は起きず、「アベノミクスは成功」と受け止める国民も少なくない。安倍氏本人はそうやって宣伝している。

 だが、それは間違いだ。アベノミクスは失敗だった。インフレ目標も達成していないし、財政破綻の巨大リスクは膨らみ、将来に先送りしているにすぎない。

 アベノミクスに付き従う黒田東彦総裁の指揮のもとで日銀がめざしてきたのは2%インフレ目標の2年以内の達成だった。適度なインフレ状態をつくれば、消費が活発になって企業が潤い、賃金が上がってますます消費が活発になる。経済がそのような好循環になれば、経済成長率も上昇、税収も増え、財政も立て直せる――。そんなもくろみだった。

 実際には8年以上にわたる大胆な金融緩和にもかかわらず、いまだに2%インフレは達成できていない。今後数年にわたって達成できる見通しも皆無だ。もちろん経済成長率も目に見えて上昇することはなかった。

日銀本店=筆者撮影日銀本店=筆者撮影

 政策が空振りだっただけでない。コストが重すぎた。日銀が抱えている国債は以前の4倍の500兆円超まで膨れあがった。これは政府の発行済み国債残高の半分近くに当たる。まさに日銀が輪転機を回して紙幣を刷り、政府予算の財源をどんどん捻出しているようなものなのである。

 安倍氏が言うように、「政府・日銀の連結決算」は魔法のように借金を事実上消し去ってしまうのだろうか。残念ながら、まったくそんなことにはならない。政府は借金を負ったままだし、もしそれを日銀に押しつけるようなことがあれば、こんどは日銀がリスクを抱えた状態になるだけのことだ。

 何かの拍子にもし国債が暴落したら(首都直下地震や富士山噴火などの自然災害でもそれは起きうる)、大量に国債を抱えている日銀のバランスシートは悪化し、一気に信用を失う。そうなると、こんどは円(日銀券)が暴落するだろう。海外からの輸入品の価格は急上昇して、短期間に急激なインフレが起きる可能性が高い。1年で数倍、数十倍の上昇率となるハイパーインフレが発生しないとは言えないのである。

 インフレを抑え込むために、日銀は金利を大幅に引き上げて引き締めしなければいけなくなる。経済活動に急ブレーキをかけることになるから大不況に陥るだろう。それが再び国債価格の下落(長期金利の上昇)を引き起こすという悪循環に陥っていく。財政を悪化させた新興国でしばしば見られる経済危機の典型的パターンだ。

 日銀の信用を立て直して円暴落を止めるためには、政府が数十兆円規模の資本注入を日銀に対してしなければいけなくなる。とはいえこの段階で政府にそんな財源が用意できるわけがない。政府の財源はもともと日銀がお札(電子データも含む)を刷ってまかなってきたのだから。

 このとき、信用を失った日銀が日銀券をいくら刷り増そうと、紙切れ扱いされるだけだ。政府はいよいよ打つ手がなくなり、最後には、苦しむ国民に追い打ちをかけるように増税するか、ハイパーインフレによって事実上の借金踏み倒し(国債の無価値化)をするか、いずれにしても国民に負担を押しつけることでしか事態を収められなくなる。

 つまり安倍氏が言う「政府・日銀連合軍」の実態は、タコが自分の足を食ってその場しのぎをしている構図にすぎない。古今東西、錬金術に手を染めた政府の末路は、国民生活を犠牲にして政策の過ちを清算するしかないのだ。

無責任さを増したアベノミクス

 懲りることなくアベノミクスを再び持ち出してきた安倍氏。気になるのは話の内容がよりポピュリズム(大衆迎合)化している点である。

 9年前のアベノミクスの理論的根拠となったのは安倍氏の経済ブレーンだった浜田宏一・米エール大名誉教授や中原伸之・元日銀審議委員らが提唱していた「リフレ論」だった。ところが、いま安倍氏が説明している内容は、むしろ米経済学者のランダル・レイ氏ら一部の経済学者たちが唱える「MMT(現代金融理論)」に近い。

 「リフレ」と「MMT」。二つの理論は、具体的な政策手段が中央銀行による国債買い支えだという点で非常に似ている。はた目からは見分けがつきにくいが、それぞれの論者はお互いに「違う主張だ」と言っている。どこが違うのか。私流にざっくりと解説すれば、次のような違いがある。

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