なぜこのタイミングで申請したのか
2021年09月21日
9月16日、中国がTPPへの加入申請を行った。
既に昨年11月のAPEC首脳会議で習近平国家主席がTPP参加を前向きに検討していると表明しているので、日本政府は予想していたことだろう。
重要なのは、なぜこのタイミングなのかということだろう。そこから中国のTPP加入の狙いや意図が明らかになる。既に加入申請を行うことを決定していた中国は、それを最も効果的に行うタイミングを計っていたのではないだろうか? 中国がさらなる経済発展を実現するためには、国内市場だけでなく海外市場へのアクセスが重要だとする解説もあるが、それなら習近平の発言後もっとはやく加入申請を行ってもよかったはずである。
アジア太平洋地域で、中国はアメリカなどの自由主義諸国と対立している。中国の海洋進出に対しては、イギリスが空母を派遣するなど、ヨーロッパ諸国も懸念を表明している。特にアメリカはアフガンから急いで撤退し、この地域での覇権を狙う中国に対し様々なリソースを集中しようとしている。
中国に対抗するためにアメリカが重視しているのは、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国でつくる「クアッド」”Quad”と呼ばれる枠組みである。9月13日、アメリカ・ホワイトハウスは、クアッドで初めての対面での首脳会合を24日首都ワシントンで開くと発表した。日本からは菅総理が出席する。ホワイトハウスのサキ報道官は、「首脳会合はバイデン政権が21世紀の課題に向き合うために新たな多国間の枠組みを通じたインド太平洋地域への関わりを重視していることを示している」という声明を出している。
中国のTPP加入申請は、この3日後に行われた。2016年のアメリカ大統領選挙以降、自由貿易が雇用を奪っているという主張がアメリカでは強い。特に、TPPが問題であるという主張は、民主党のバーニー・サンダース上院議員によって行われ、これを利用して共和党のトランプ候補は2016年の大統領選挙でクリントン候補を破り、大統領就任後直ちにTPPから離脱した。現職のバイデン大統領は、TPPを推進したオバマ政権の副大統領だったが、現状では、アメリカの世論を押し切ってまでTPPに復帰することは難しい。中国は、このような事情を十分認識しているだろう。
2020年11月、中国は、ASEAN諸国と日中韓、オーストラリア、ニュージーランドからなるRCEP(地域包括的経済連携協定)を成立させた。TPP加入の意図表明を行うことで、インド太平洋地域で“多国間の枠組み”を作ろうとしているのはアメリカではなく中国だということを印象付けようとしていると思われる。
加入申請すれば、加入できるものではない。今回の特殊な事情として、アメリカ、カナダ、メキシコの自由貿易協定(USMCA)に、アメリカは、カナダ、メキシコが非市場経済国と自由貿易協定を結んだ場合、USMCA の終了を通告できる趣旨の規定がある。カナダ、メキシコにとって、中国市場よりもアメリカ市場の方がはるかに重要である。アメリカが両国に圧力をかけるかもしれない。カナダ、メキシコが、中国との加入交渉入り自体に反対する可能性がある。
USMCAの規定がなくても、問題は簡単ではない。オーストラリアが新型コロナウイルス感染の起源に関する国際調査を公式に求めたことに中国は反発し、大麦やワインの関税を引き上げるなど制裁措置を講じた。クアッドの一員でもあるオーストラリアは中国の参加に難色を示している。これは当然の対応である。政治的な理由で公然と国際ルール(WTO協定)を破るような国を受け入れれば、TPPでもルール破りを行われかねない。
そもそも、WTOやEUもそうだが、TPPはクラブのような組織である。加入するためには、その会員(メンバー)にふさわしい条件を備える必要がある。審査するのは、日本など既にTPPに加入している国である。
その際、二つの条件を中国はクリアしなければならない。
一つは、TPP協定に定める規律や義務を中国は守ることができるかというものである。中国との関連で重要なものとしては、国有企業、労働、電子商取引、知的財産権がある。結論から言うと、ハードルは極めて高いと言わざるをえない。
中国市場に進出したり国際市場で活動している企業が、補助金や規制で守られている中国の国有企業と競争しなければならないとすれば、不公平である。国有企業への規律とは、外国の企業が国有企業と共通の土俵で競争できるようにしようというものである。しかし、国有企業は中国経済の中で大きな地位を占めている。中国自身、国有企業の改革は難問である。RCEPには、国有企業の規律はない。WTOにおいて、中国は国有企業に対する規律導入を明確に拒否している。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください