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岸田文雄氏、自民党最古の派閥・宏池会から久しぶりの首相

池田勇人のスタンスはどう生きるか

榊原英資 (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

自民党最古と言われる派閥

 周知のように宏池会は、元総理池田勇人が旗揚げした派閥で、自民党最古のものだと言われている。創始者の池田勇人が広島県出身だったこともあって、宏池会には広島県出身者が多い。

所得倍増の意欲を語る池田勇人元首相(左から2人目)=1960年撮影拡大所得倍増の意欲を語る池田勇人元首相(左から2人目)=1960年撮影

 元総理の宮澤喜一氏も東京生まれだが、本籍地は広島県福山市だった。宮澤氏は広島県選挙区から1953年参議院に出馬し初当選している。1967年に衆議院に鞍替えして出馬し当選している。衆議院議員として当選したのは、経済企画庁長官として第一次佐藤改造内閣(第三次改造)で奉職した後の事だった。その後、通産大臣、内閣官房長官、大蔵大臣等を歴任し、1991年、内閣総理大臣に就任している。宮澤家は広島の名家で、宮澤喜一の父、宮沢裕は広島3区から衆議院議員に当選して政界入りし、以来連続6期当選し、鉄道政務次官、商工省参与等を歴任している。

 宮澤喜一は広島県名誉県民、福山市名誉市民にもなっている。宮澤喜一の長弟、弘は広島県知事を務めた後、中央政界入りし、法務大臣を務めているし、次弟の泰は西ドイツ大使を務めた外交官だった。宮澤一族は広島の名門として系図に登場する90人のうち、首相になった人物が5人、国会議員になった人が20人、果ては麻生家を通じて皇室にまで連なる一大名門閨閥を築き上げている。

宮澤喜一元首相(1991年撮影)拡大宮澤喜一元首相(1991年撮影)

 宏池会は加藤紘一会長の時、いわゆる「加藤の乱」(2000年11月に野党から出された内閣不信任案に加藤が同調したもの)で、古賀派と谷垣派に分裂したが、2008年5月には再合流し、宏池会が再び表面にでることになるが、麻生派が入っていなかったので、「中宏池会」と称された。2012年からは岸田文雄が宏池会会長に就任している。

多数の首相・総裁を生む

 前述したように宏池会は池田勇人元総理によって創設されたのだが、それ以来、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一、岸田文雄等5人の内閣総理大臣、自民党総裁を輩出、野党時代にも河野洋平、そして、谷垣禎一2人の自民党総裁を出しており、自他ともに名門派閥とみなされてきた。宏池会は他の派閥が当初から離合集散を繰り返してきたのに比べ、各会長の下で一致団結して派閥を継続してきたとされ、自民党草創期の名称を今日まで維持している唯一の派閥でもある。2012年の総選挙では自由民主党が294議席を獲得し、政権を民主党から奪回した。総選挙後に誕生した第二次安倍内閣では、岸田派から岸田文雄が外務大臣、林芳生が農林水産大臣、小野寺五典が防衛大臣、根本匠が復興大臣と4人が新たに入閣する事とになった。

 また、2014年9月に発足した第二次安倍改造内閣では、林、小野寺、根本が閣外に去り、岸田は留任(外務大臣)、塩崎恭平(厚生労働大臣)、望月義夫(環境大臣)が新たに入閣。その後辞任した閣僚の後任として上川陽子、宮沢洋一、林芳正がそれぞれ法務大臣、経済産業大臣、農林水産大臣として入閣し、岸田派の閣僚は合計6人となったのだ。

 第三次安倍第一次改造内閣(2015年10月)では、岸田が留任したのみで、1名の入閣に留まったが、2017年8月には発足した第三次安倍第三次改造内閣では、上川、小野寺、林が入閣し、更に新たに松山政司が内閣府特命大臣として入り、派閥最多の状況になった。
岸田自身は党の政調会長に就任している。

 2020年9月1日の自民党総裁選挙に岸田文雄は立候補したが、内閣官房長官の菅義偉に敗れ2位におわった。菅の任期満了に伴い、2021年9月29日に行われた自民党総裁選挙に、2020年に引き続き、岸田は立候補を表明。1回目の投票は岸田がトップであったが、いずれの候補者も過半数に届かなかったため、決選投票の結果、岸田文雄が河野太郎を破り、第27代自民党総裁に選出された。宏池会としては谷垣禎一以来、派閥の領袖としては麻生太郎以来となる総裁に就任したのだった。

広島にルーツ、親族の多くが被爆

 前述したように、宮澤喜一以来の宏池会所属の首相の誕生だ。岸田新総理は東京の渋谷区で生まれ、東京で育っているが、一家は毎年夏に広島に文雄を連れて帰省している。文雄は原爆の被災者たちから当時の事情を聴いたという。また、岸田一族も多くが被ばくし、死に至ったものもいたという。

首相官邸で取材に応じる岸田首相拡大首相官邸で取材に応じる岸田首相

 岸田は父の仕事の関係でアメリカのニューヨークに居住し、3年間、アメリカの小学校に通っている。1966年には日本に帰国しているが、アメリカから大きな影響を受けたという。岸田は2年浪人した後、早稲田大学に入学し、卒業後、日本長期信用銀行に入行している。5年後、長銀を退職して、父岸田文武(衆議院議員)の秘書となり、政治家の道を歩み始める。1996年旧広島1区から初当選。連続9期当選している。父親と同じ宏池会に入会。その後、防衛大臣、外務大臣等を歴任して、2021年10月内閣総理大臣に就任している。

 広島県出身の総理としては加藤友三郎、池田勇人、宮澤喜一に次ぐ4人目。広島東洋カープの大ファンだという。宏池会の創設者池田勇人を尊敬し、池田の「低姿勢」や「寛容と忍耐」のスタンスに共感しているという。また、新自由主義から脱客し、「日本型資本主義」の再建を主張している。久しぶりの宏池会総理、どのように日本をマネージしていくのか見守っていきたい。

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筆者

榊原英資

榊原英資(さかきばら・えいすけ) (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶応義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学教授。近著に「フレンチ・パラドックス」(文藝春秋社)、「ドル漂流」「龍馬伝説の虚実」(朝日新聞出版) 「世界同時不況がすでに始まっている!」(アスコム)、「『日本脳』改造講座」(祥伝社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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