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矢野財務次官の主張は妥当なのか〜素朴な財政再建論を超えて

国債は債券ではなく株である

福井義高 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授

 矢野康治財務次官が『文芸春秋』11月号に発表した「財務次官、モノ申す」は、誕生したばかりの岸田政権の意向とは齟齬をきたしているようにもみえ、次官更迭論まで出るなど、波紋を呼んでいる。公文書改竄問題に関し、「世にも恥ずべき不祥事」と認めるなど、個人的に存じ上げないけれど、矢野氏は真面目な人なのであろう。確かに、この論文を読めば、矢野氏の憂国の情は十分伝わってくる。しかし、そこで繰り広げられている議論では、財政拡大論者を理論的に説得できるとは言い難い。

参院予算委で答弁する矢野康治氏(2018年3月撮影、当時は財務省大臣官房長)拡大参院予算委で答弁する矢野康治氏(2018年3月撮影、当時は財務省大臣官房長)

 以下、矢野論文を補完する意味で、財政再建論と拡大論者の間で建設的な意見交換ができるよう、理論的土台を提供したい。カギとなるのは「国債は株」という理解である。

定額給付金は死蔵されているのか

 まず、矢野氏の必ずしも正確ではない記述に関して、簡単に触れておきたい。それは、「定額給付金のような形でお金をばらまいても、日本経済全体としては、死蔵されるだけ」という主張である。国債をめぐっても繰り返されている、個々の家計や企業といったミクロレベルでの類推で国の財政金融といったマクロレベルの議論を行う危険性を示す一例でもある。

 ここでは、給付金の原資を国債で調達し、市中銀行が国債を購入した場合で考える。給付後の政府のバランスシート変化は、給付金支給に伴う支出により純資産(資本)が減少し、国債が増加するので、左側を借方、右側を貸方として記せば、

政府: 純資産/国債

となる。一方、給付金は市中銀行口座に振り込まれるので、家計のバランスシート変化は、

家計: 預金/純資産

となり、市中銀行のバランスシート変化は、

市中銀行: 国債/預金

となる。なお、政府取引を仲介する日銀のバランスシートは、取引が相殺されるので変化しない(日銀が市中銀行からこの国債を買い入れた場合も以下の結論は変わらない)。

 この後、給付金を得た個々の家計が消費を増やしても、マクロでは民間同士の預金の流れは相殺されるので、家計と民間企業を合わせた預金合計は増えも減りもしない。支給時の預金増加分は、銀行借入れ返済に充てられるか、政府が税金で吸い上げない限り、民間に残る。したがって、民間の貯蓄増だけをもって、「日本経済全体としては、死蔵される」と主張することは正しくない。活用されようが死蔵されようが、給付金支給によって預金は増えるのである。

 また、誤りとはいえないけれど、「企業では、内部留保や自己資本が膨れ上がっており」という否定的ニュアンスの表現は誤解を招きかねない。企業の配当性向(自社株買いを含む配当と純利益の比率)が100パーセントを超えない限り、内部留保は増加する。実際、日本企業の配当性向は米国企業よりも低い。しかし、内部留保増は企業の資産増(投資)を意味するので、必ずしも(資産の一部に過ぎない)現金預金として「死蔵」されているとは限らない。民間投資の増加が望ましいと考えるのであれば、内部留保増は一概に悪いとはいえないのだ。

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筆者

福井義高

福井義高(ふくい・よしたか) 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。1962年生まれ、東京大学法学部卒、カーネギー・メロン大学Ph.D.、CFA。85年日本国有鉄道に入り、87年に分割民営化に伴いJR東日本に移る。その後、東北大学大学院経済学研究科助教授、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助教授をへて、2008年から現職。専門は会計制度・情報の経済分析。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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