株主配当大幅増の一方、従業員の給与は横ばい
2021年11月10日
「新しい資本主義実現会議」が今月から活動を始める。岸田首相の最近の発言からうかがえるのは、米国流の「株主資本主義」に替わる「公益資本主義」、すなわち会社は「社会の公器」とする考え方である。
この動きを、税制改正など予算編成の議論だけにとどめるのはもったいない。社会の格差拡大や分断で行き詰まった資本主義のあり方を今一度考え直す好機だからである。
「会社は誰のものか」という問いは古くからあった。現在の世界の大勢は「株主資本主義」、つまり「会社は株主のもの」という考え方であり、それに沿って法律やルールが出来ている。
これは1997年、米国のCEOの団体であるビジネス・ラウンドテーブル(日本の経団連に相当)が、「経営陣と取締役会は株主に対して最大の責務を負う」と宣言したことに始まる。この解釈を欧米企業が受け入れ、世界に拡がった。
株主資本主義では、企業は多くの利害関係者の中でも特に株主への利益還元(配当金と自社株買い)を最優先する。
自社株買いとは、企業が自社の株式を買い戻すこと。その後、株式を消却して数を減らせば、1株当たりの利益や資産価値が高まり、株価が上昇する。
株主資本主義は日本でも2000年以降、大学の経営学者らが積極的に推奨し、欧米ほどではないが、企業に確実に浸透してきた。
その様子を示すのが上のグラフである。配当金(青のグラフ)、自社株買い(橙色)、人件費(灰色)、売上高(黄色)について、2012年度の水準を100として20年度まで示している。
目に付くのは、配当金と自社株買いがともに高い伸び率を示していることだ。実際の金額は、配当金が14兆円から26兆円に(1.9倍)、自社株買いは1.8兆円から7.7兆円(19年度)に(4.3倍)に増えた。
今年度も自社株買いを発表した企業は多い。かんぽ生命保険(4400億円)、トヨタ自動車(2500億円)、NTT(同)、日本郵政(同)、ソニーグループ(2000億円)など数百社あり、総額は4兆円に達する。
これらの株主還元が急速に増えたことが、近年、コロナ禍にもかかわらず日本に新たな富裕層が生まれた背景にある。
そのきっかけになったのは2014年に企業が守るべき「コーポレートガバナンス」が策定されたこと。これを機に機関投資家や株主たちが企業に対し、資本効率を高めて株主還元を増やすよう迫ったのである。
これに対し、人件費(給与・賞与)はずっと横ばいであり、株主還元との落差が極端に開いてきた。
従業員1人当たりの給与はバブル崩壊(1992年)から30年間、370万円から全く伸びていない。1992年に日本の6割だった韓国は2倍に伸びて日本を追い越してしまった。
賃金の停滞は消費の不振やデフレ、少子化につながった。企業は国内市場に見切りをつけて発展する海外に出て行く。ここを改善しない限り、日本経済は今後もじり貧になる一方だろう。
原氏には「増補 21世紀の国富論」や「新しい資本主義」(首相のキャッチフレーズと同じ)という著作があり、岸田首相を「軍師」のごとく理論的にバックアップしている。
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