メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

バブルの怪人への乱脈融資に突き進ませた母体行への対抗心

【9】末野興産に入れ込んだ九州リースサービスの悲劇/1996年

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

「大蔵省から天下りした連中ががっぽりやってた」「審査が甘くなるのはやむを得ぬ」

 その多くが、バブル銘柄だった。後に長銀を破綻に追いやるイ・アイ・イ・インターナショナルに98億円(90年3月末時点)、阿部文男北海道沖縄開発庁長官への贈収賄事件の舞台となる鉄骨加工会社の共和に77億円(同)、そして極めつけが、大阪の末野興産だった。

 九州リースは末野興産とそのグループ会社にピーク時278億円(91年3月末時点)もつぎ込んだ。四島の回顧録「殻を破れ」(2008年、西日本新聞社)によると、実際は380億円にものぼった。このときの同社の全融資額(2867億円)の1割を超える大口貸出先だった。

拡大【左】末野興産の末野謙一社長=1996年2月【右】末野興産は「天祥ビル」の名がつくビルを多数所有。96年11月に破産宣告を受けたが、違法建築も多く買い手がつかない状況が続いた=97年11月、大阪市中央区
 こうした融資を主導したのが元石だった。

 私が95年4月に福岡に異動して間もなく、末野興産の過剰債務など不良債権問題が次第に顕在化していった。九州リース関連の不動産登記簿と法人登記簿を上げ、有価証券報告書を分析し、さらに所在のわかっている関係者を総当たりするという、後々まで続けることになる取材手法を身につけたのは、このときだった。

 隠居場所を割り出して元石にインタビューしにいくと、すでに社長の座を退いていた彼は初めは「そんなことはどうちゃら、こうちゃら、言いたくないね。警察だったら行きまっせ。別に新聞記者にべちゃくちゃ話すようなことじゃない」と拒絶する感じだったが、すぐに客間に招き寄せ、熱弁をふるった。

 「なんで末野に貸したかというと、九州リースは上場したし、利益を出さんとならん。それと住専の連中ががっぽりやっているからね。大蔵省から天下りした連中ががっぽりやっておったからね。だから、これは間違いない、と。そのようなことたい」

 「末野が前科者かどうか調べたけれど、そんなことはない。なら、いいじゃないかなーと。本当の銀行のルールからしたらねー、やっぱりやりにくいところだったけれど、さりとて金はいくらでも貸してくれたから。そうしたら、やっぱ利幅を取ろうとね」

 住専とは住宅金融専門会社のことで、1970年代に個人向け住宅ローンを専門に扱う金融会社として相次いで設立された。これら住専各社には大蔵省の天下りがいた。当初は銀行と業務範囲を住み分けていたのだが、やがて銀行が個人向け住宅ローンに参入し始めると、住専の存在意義は揺らぎ、代わる収益源を求めて不動産融資にのめりこんでいった。その融資先の代表例が、大阪や福岡の繁華街に「天祥ビル」という名称のテナントビルを数多く持つ不動産会社、末野興産だった。

 元石が言っているのはそのことである。

拡大住宅金融専門会社の大口借り手だった末野興産が所有していた「四ツ橋天祥ビル3号」=1996年2月2日、大阪市西区
 「みんなが末野に貸していたからね。みんなで渡れば怖くないというのがあったね。政府が絡んだ大蔵銀行みたいなの(住専各社のこと)が、がんがんやっている。そうなると、どうしても安易な方にね。まあ、みんながやっているからいいじゃないか、と。多少審査が甘くなったのは、やむを得ないね」

 「実は融資を決める前に3年分の決算書を見るんだが、見ると2、3の瑕疵があった。ふつうはそこで融資はやめるものだけど、当時は多少の瑕疵があってもガンガン融資していた」

 あまりにも、あけすけな言い方に聞いていてびっくりした。これが銀行の元常務なのか、と呆れてしまった。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。88年、朝日新聞社入社。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』、『東芝の悲劇』がある。近著に『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』。取材班の一員でかかわったものに『ゴーンショック 日産カルロス・ゴーン事件の真相』などがある。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。レコ漁りと音楽酒場探訪が趣味。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

大鹿靖明の記事

もっと見る