メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

農林水産物・食品輸出の1兆円超えは慶事なのか?

農水省の統計操作に騙され続けるマスメディア

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 農水省は2月4日、2021年の農林水産物・食品の輸出が前年比で25.6%増加し、1兆2385億円となったと公表した。以前から、政府はこれらの輸出を1兆円以上とする目標を掲げていたので、これを達成したことになる。マスメディアの評価も押しなべて好意的である。

国交省より悪質な農水省の統計操作

 しかし、その陰で笑いをこらえているのは農水省だろう。農業の専門誌である日本農業新聞を含め、うまく騙し通せたからだ。

 昨年末、国交省の統計不正が大きな問題となった。しかしこれは、業者が受注実績を記した調査票を毎月提出することになっているのに、それが遅延していることが、問題の発端だった。このため、国交省の担当者が提出されていない月の数値を推計して計上し(これが不正に該当)、さらにその後当該月の数値を含めた調査票が提出されたのに、それを差し引かずに提出月の数値として計上した(これが二重計上に該当)、というものだった。国交省の統計担当職員の稚拙さやそれを改めようとしなかった省全体の不誠実な対応は、非難されるかもしれないが、不正行為をカバーアップ(隠ぺい)しようという大それた悪意を感じさせるものではない。

Mr. Kosal/shutterstock.comMr. Kosal/shutterstock.com

 これに対して、農水省は統計自体を改ざんしたのではない。元データは財務省の貿易統計なので、改ざんしようがない。問題は、国民やメディアへの提示方法の欺瞞的な操作である。これにマスメディアは気が付かなかった。これで農水省は、その政策によって、農産物の輸出が順調に増え、農家所得の向上が図られると印象付けることに成功した。国交省の稚拙さと異なり、出てきた数値を操作する作為や悪意を感じる。

20年も騙され続けたマスメディア

 政府が輸出振興の旗を振り始めたのは、小泉政権の時からである。競争力がないと思われている農産物の輸出を増加するというのは、ニュース性があるうえ同政権の高い政策能力を示すことができる。また、農家所得が向上すると農民票の獲得にもつながる。

 しかし、この当時から私は、農林水産物・食品の輸出額の中に国産農産物はほとんど含まれていないことを指摘してきた。大きなものは、真珠などの水産物や即席めんなど輸入農産物の加工品だったからだ。

 今から6年前の論座の記事「農産物輸出の増加と農業のグローバル化」(2016年3月9日付)から引用しよう。

「各紙が2015年農林水産物・食品の輸出が前年を21%上回る7,452億円となり、3年連続で過去最高を更新したと報じている。(中略)

 7,452億円のうち農産物の輸出は4,432億円である。実は、そのかなりが、アメリカやオーストラリア等から輸入した小麦、砂糖、大豆、とうもろこしなど輸入農産物原料を使った加工品(例えば、即席めん)だということだ。

 農産物というイメージからかけ離れているものも含め、国産農産物または一部にそれを使用していると思われる加工品を上げると、果物193億円(うちリンゴ134億円)、タネ151億円、清酒140億円、牛肉110億円、緑茶101億円、野菜・その加工品98億円、豚の皮90億円、酪農品77億円、植木等76億円、米22億円、焼酎16億円くらいであり、これらを合わせると1,074億円、漏れているものを入れても1,500億円程度だろう。8.4兆円の国内農業生産額や6,6兆円の農産物輸入額から比べると、微々たる額だ。

 日本の輸出が倍増しても、国産農産物の輸出が大きく増えるかどうか分からない。一生懸命アメリカ産農産物を日本で加工して、輸出を増やすだけになるかもしれない(実は牛肉も豚の皮もアメリカ産とうもろこしを原料(飼料)とする加工品だ)。」

 今回も同じだ。次は、農水省の公表数値を円グラフにしたものである。

農林水産物輸出の内訳(202年1)農林水産物輸出の内訳(202年1)

 この中で、国産農産物を使用したと思われるのは、額の多い順に、牛肉537億円、日本酒402億円、緑茶204億円、りんご377億円、米59億円、ぶどう46億円、いちご41億円に過ぎない。

日本農業新聞も騙された

 私の記事を読んでいたのか知らないが、日本農業新聞は、加工品が多いとして農水省が公表する輸出のデータに懐疑的だった。それが2月5日“一次農産物輸出3448億円”と一面トップで大きく報じた。しかし、これは農水省の統計操作に惑わされた誤報である。

 農水省は現時点でおおまかな品目しか明らかにしていないが、畜産品12,360百万円、穀物等5,750百万円、野菜・果物等9,454百万円、その他農産物10,570百万円としている。これに貿易統計で把握されていない少額貨物を加えると、3,448億円となるので、日本農業新聞は、これを“一次農産物輸出額”と報じたのだ。

・・・ログインして読む
(残り:約2848文字/本文:約4899文字)