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インスタグラム・フェイス――機械が支配する人間の価値

私たちは既に機械的な判断によって、触れるものを制限されている

小林啓倫 経営コンサルタント

 人の価値観は、時代や社会とともに変化する。たとえば日本では、男性がひげを生やすことについて、何度も「望ましいこと」と「望ましくないこと」の間で揺れ動いてきた。戦国時代には権威を示すものとして生やされたひげだったが、江戸時代に入るとひげを剃(そ)る習慣が広がり、ひげが禁止されることもあった。明治に入ると、ひげは再び権威の象徴となって生やす人が増えたが、現代の職場ではひげを剃っていることが求められる場合が多い。しかし現代でも、たとえば中東など、ひげを生やすことが男性のステータスとして受け止められている地域がある。

 ただいずれの場合も、判断は社会の総意に基づいて行われてきた。独裁者が異常なルールを国民に強要する、などといった例外的なケースはあるものの、多くの人々がコミュニケーションを積み重ねる中で価値観が醸成されてきたわけである(その内容が現代の価値観に照らし合わせて適切なものだったかどうかは、ここでは問わないでおこう)。

 しかしいま、私たちの価値観は、機械によって支配されるようになっている。もちろんSF映画のように、全知全能のAIが独裁者のように人類を支配する、などといった状況ではない。もっと分かりにくく、些細(ささい)な形で私たちの価値観が左右されるようになっているのだ。それを象徴する言葉として登場してきたのが、「インスタグラム・フェイス」である。

インスタグラムのフィルターが促す価値基準

 インスタグラム(Instagram)は、米国のメタ社(旧社名「フェイスブック」)が提供する画像投稿アプリだ。ユーザーはスマホアプリやPCから好きな静止画や動画をアップロードして、それを通じて他のユーザーとコミュニケーションすることができる。2017年の新語・流行語大賞において「インスタ映え」(インスタグラム上で高評価を得る写真、またそうした高評価を得られるようにさまざまな工夫を行う行為)が年間大賞に選ばれたことからも分かるように、日本でも人気のサービスとなっている。

 一方であまりの人気から、過剰な行動を懸念する声も出ている。インスタ映えを狙うあまり、傍若無人な振る舞いをするユーザーが見られるのだ。たとえば、美しくデコレーションされた食品を提供する飲食店にユーザーが殺到し、その食品を注文してインスタグラムに写真を投稿すると、すべて食べ切らずに飲食店を後にしたり、テイクアウトして食べ切れなかった分を廃棄したりといった具合である。あるいは写真を撮るのに集中するあまり、崖や駅のホームから落ちるといった事件も起きている。

 こうした現象が起きるのは、逆にそれだけ「インスタグラム」というサービスが、そのユーザーたちにとって重要な空間になっていることを意味していると言えるだろう。私たちはよく「リアル(現実空間)」と「バーチャル(仮想空間)」という分け方をして、バーチャルを従属的なものと考えがちだが、それが常に正しいとは限らない。バーチャル上での自分の見せ方や振る舞いが主となり、リアルの自分に影響を及ぼすという、従来とは逆のベクトルが起きることも不思議ではなくなってきているのである。

 それほど重要な存在になったインスタグラムだが、当然ながらそこはデジタル空間であり、したがってアップロードした画像を思い通りに加工して楽しむことができる。そうした機能のひとつがフィルターで、これは簡単な操作で自分の写真の見栄えを良くできるというものだ。画像加工機能を使って、自分の写真を実物よりも良く見せようとする行為を「盛る」と表現するようになっているが、インスタ上ではフィルターを使って簡単に「盛れる」わけである。

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 インスタグラム・フェイスとは、こうしたインスタグラム上の機能を活用して、「美しく」盛られた顔写真を指す。もちろん、美しくなりたい、他人に良く見られたいという気持ちを持つのは普通なことだ。問題は、フィルターによる加工が一定の価値基準に基づいて、自動的に行われる点である。肌はより白く、より滑らかに、そして目は大きく……といった具合だ。「盛りたい」という気持ちを持ち、フィルターによる加工を選択しているのはユーザーの意思だが、その結果、アルゴリズムが決めるひとつの方向へと「美しさ」が誘導されるわけである。

 そしてバーチャルがリアルに優先される人々にとっては、インスタグラムが定めた機械的な基準で、現実の基準が上書きされる可能性もある。これまでもファッション業界や美容業界などが、一定の美の基準をつくり出し、フォトショップ(Photoshop)などのソフトウェアを使って不自然なほどに加工された画像をマスメディアに流すということは行われてきた。しかしインスタグラムのフィルターは、それをより大規模な形で、そして誰でも参加できる形で行うわけだ。それはより、価値基準の変化をもたらし得るものと言えるだろう。

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筆者

小林啓倫

小林啓倫(こばやし・あきひと) 経営コンサルタント

1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『今こそ読みたいマクルーハン』(マイナビ出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(トーマス・H・ダベンポート著、日経BP)など多数。また国内外にて、最先端技術の動向およびビジネス活用に関するセミナーを手がけている。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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