メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

日本を追い越していった台湾ファンドリーに5000億円近い巨額補助金

【10】TSMC進出で浮き彫りになる日本半導体の敗戦/2022年

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

世界最大誇った日本半導体、デジタル化時代に主導権失う

 半導体は、家電製品やコンピューター、自動車、さらには戦闘機やミサイルなど様々な機器の「頭脳」の役割を果たしている。そんな半導体の分野で日本勢に追い越されたことに米国は強い危機感を抱き、レーガン政権は対日制裁をちらつかせて日米半導体摩擦が勃発した。結果的に日本政府(当時の通商産業省)は、米国の怒りを鎮めようと大幅に譲歩し、日米半導体協定という一種の「不平等条約」を呑んだのである。

拡大日米首脳会談のため首相官邸を訪れたレーガン米大統領(右)と玄関に出迎える中曽根康弘首相(当時)=1986年5月3日
 協定の骨子の一つは、日本が米国など海外製半導体の輸入を増やし、日本市場において米国など海外製の半導体のシェアが20%以上になるよう数値目標を設けさせられたことである。

拡大日米半導体摩擦の原因となった256キロビットDRAM
 そしてもう一つが、日本の主力半導体(当時はメモリー用半導体のDRAM)の輸出に際して不当廉売がないかどうか、日本の生産コストを米国側に開示するよう義務づけられ、米国側がそれをもとに日本メーカーの販売価格(公正市場価格)を決めることになった、という点だった。

 日本側には製品をいくらで売るか、自由な価格決定権がなくなったのである。

 こうして日本は、米国製半導体の購入を強く促される一方、価格決定という生殺与奪の権を奪われた状態におかれた。日本勢のシェアがじりじり減少するなか、いわば漁夫の利を得るかのように躍進していったのが、日米摩擦の埒外にあった韓国のサムスン電子だった。そして、ちょうどそのころに産声をあげたのが、TSMCなど台湾の半導体メーカーだったのである。

拡大台湾の新竹にあるTSMCの第2工場
 日米半導体業界の角逐が繰り広げられる中、水面下で急速に進んでいたのは、業界の構造変化であった。

 それまでの半導体メーカーは、設計から製造、テスト、組み立て、機器類への組み込みまですべての工程が自社内で完結した「垂直統合」モデルにあった。日立製作所も東芝も松下電器産業(現パナソニック)も、それぞれ自社内にテレビやVTR、ステレオなど家電部門を持ち、それらに組み込む半導体をつくることが、そもそも半導体生産の出発点になっている。

 日本の半導体が、先行する米国を打ち負かすことができたのは、この当時の日本の家電製品(特に1980年代はVTRとウォークマンなどオーディオ機器)の強さにあった。性能が高く、しかも安価だったため、土砂降り的に欧米に輸出され、あちこちで貿易摩擦をひきおこした。いわば半導体を使う製品の競争力が高かったことが、日本の半導体産業そのものを隆盛させたと言える。

拡大インテル社製の新型マイクロプロセッサ(右下)を使った試作パソコン=1993年4月、幕張メッセ
 しかし、90年代半ば以降、家電にとって代わってパソコンの売れ行きが増していくと、パソコンのCPUを生産する米半導体メーカー、インテルの覇権が増し、日本勢は次第に精彩を欠いていった。組み込む機器の主要部品が、米国勢(マイクロソフトのOSとインテルのCPU)に牛耳られ、日本側は主導権を完全に失ってしまったのだ。

 しかもパソコンは、パソコンメーカーがすべての部品を作り、完成品として組み立てるのではなかった。OSはマイクロソフト、CPUはインテルなど専業企業から寄せ集め、それをまるでプラモデルの「ガンプラ」のように組み立ててできるのだ。

 

拡大1958年1月、エサキダイオードの発明を米物理学会誌で発表し国際的に注目された江崎玲於奈・ソニー主任研究員。写真はソニー半導体部研究課でダイオードの特性検査をする江崎氏。「半導体におけるトンネル効果、超電導体の実験的発見」で73年度ノーベル物理学賞受賞
「アナログ機器で勝ちすぎて、デジタルに乗り遅れた。技術面で圧倒的にリードしているつもりだったのに、むしろ欧米や韓国や台湾の方がデジタル化の波に乗っている。アナログ機器は阿吽の呼吸のすり合わせ技術がモノを言ったが、デジタル機器は分業化を進め、分業がポイントになった」。日立製作所の半導体部門トップを経て、後にソニーに転じた牧本次生専務は、そう言っていた。


筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。88年、朝日新聞社入社。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』、『東芝の悲劇』がある。近著に『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』。取材班の一員でかかわったものに『ゴーンショック 日産カルロス・ゴーン事件の真相』などがある。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。レコ漁りと音楽酒場探訪が趣味。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

大鹿靖明の記事

もっと見る