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賠償金頼みの新たな「原発依存のまち」になりつつある避難指示解除区域

廃炉作業員の宿舎とメガソーラーだらけの風景が覆う富岡町

北村俊郎 元日本原子力発電理事

誰も戻らない地域の管理は誰がするのか

 テレビでは解除された地区にできた新しい公共施設など、断片的にしか映らないが、原発に近い4町の実態は凄まじいものだ。除染は原発から遠い場所からスタートし、徐々に原発周辺に及ぶ。環境省は土地や家の所有者に、除染とともに家屋の解体をするかを聞いてくる。既に実質的な移住をしている避難者のほとんどは、解体を選択している。

 選択の大きな理由は金銭的なものだ。解体を選択すれば、解体工事費は無料で、75~300万円を国から支援金として支給される。その区域が避難解除された後に、自分で家屋を解体すれば、場所が場所だけに、数百万円の自己負担となる。事故前に新築した家屋であっても、人が住まずに11年が経ってかなりの痛みがあるので、解体を選択する人がほとんどだ。事実、町の中心部にあった商店街でも、半分以上が解体され更地になって、「貸地」「売り地」の看板が立っている。

 住宅地や農業地であったところも、除染工事で出た表土などを入れた黒い袋(フレコンバッグと呼んでいる)こそ少なくなったが、一面に草が生い茂って、その中に朽ち果てた家屋が見え隠れしている。これでは避難指示が解除されて戻ろうとしても、地域が荒れ果てて、元の雰囲気はない。

管理されないままになっている土地(帰還困難区域)=富岡町小良ケ浜深谷地区拡大管理されないままになっている土地(帰還困難区域)=富岡町小良ケ浜深谷地区

 数十戸の集落で、あたり一面に草が生い茂り、猪やアライグマなど野生動物が繁殖している土地では、一家族が戻っても、文字通り「ポツンと一軒家」になる。以前であれば、各自の庭や畑はきちんと手入れが行われ、道路脇の雑草は地区の住民が共同で刈っていた。

 今後、

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筆者

北村俊郎

北村俊郎(きたむら・としろう) 元日本原子力発電理事

1944年、滋賀県生まれ。1967年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本原子力発電株式会社に入社。本社のほか東海発電所、敦賀発電所、福井事務所など現場勤務を経験したのち、理事・社長室長、直営化プロジェクトリーダーを歴任。主に労働安全、教育訓練、地域対応、人事管理などに携わり、2005年に退職。福島県富岡町に移り住む。同年から2012年まで社団法人日本原子力産業協会参事。福島第一原発の事故により、現在も避難を続けている。著書に「原発推進者の無念」(平凡社新書)「原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴んだ事故原因」(かもがわ出版)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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