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日本の農業政策は有事に国民を飢餓に導く〜ウクライナ危機の教訓

台湾有事なら、ウクライナの飢餓が再現される

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

国産農産物は、国際価格より数倍も高い

 この議論の致命的な間違い(非論理性)は、国際市場から買えなくなるから国産を買うべきだと主張しているが、高い関税によって、国産農産物は国際価格より数倍も高いことだ。輸入農産物が買えなくなるなら、その前に国産農産物は買えなくなっているはずだ。日本の場合、小麦、乳製品、砂糖などの輸入農産物も関税で国際価格より高くなっている。経済力が落ちたなら、輸入品を関税なしで買えば良い。わざわざ高い国産品を買う必要はない。

 驚いたのは、米は関税で国際市場から隔離しているから、今回の価格高騰の影響を受けないと主張していることだった。関税で国内市場を守っているうえ、減反政策による米の供給制限で米価を国内の市場価格よりも高くしている。この結果、日本の消費者は国際価格よりも2倍も3倍も高い米をずっと買い続けさせられているのだ。国際価格が上昇しても、国産の米より安い。国民や消費者のことを考えたことがないのだろう。

誰が食料自給率を低下させたのか?

 1960年の79%から37%への自給率の低下は、食生活の洋風化のためだというのが、農水省や研究者の見解である。しかし、米の需要が減少し、パン食など麦の需要が増加することは予想されていた。米と麦の消費には代替性がある。本来ならば、米価を下げて、米の生産を抑制しながら需要を拡大し、麦価を上げて、麦の生産を増加させながら需要を抑制するという政策が、採用されるべきだった。しかし、その逆の政策が実施された。高米価・低麦価政策により、米は過剰となり、麦生産は激減した。1995年に食糧管理制度が廃止された後も、需給均衡価格よりも高い米価は、農家に補助金を払って供給量を減少させるという減反政策で維持されている。

 食料自給率が低下した理由の一つは、次の図のように、小麦に比べ米の価格を大幅に上げたからだ。

米麦の政府売渡価格の推移拡大米麦の政府売渡価格の推移

 1942年の食糧管理制度以来、米麦とも国家貿易企業である農水省が輸入して売却してきた。輸入麦からとる課徴金(マークアップと言われる、事実上の関税で国内麦への補給金として使用してきた)を大きくして、麦の値段(売渡し価格)を上げる一方、それによる差益を米に利用すれば、生産者米価を上げても消費者米価を抑えることができた。

 ところが、兼業農家が多くなって、田植えの時期が、まとまって休みが取れるゴールデンウィークのころになった。このため6月に麦を収穫して田植えをする二毛作はできなくなった。兼業農家は麦作への関心を薄め、米+兼業の二毛作となった。組合員の多くが兼業農家となったJA農協は、生産者米価引上げに一大政治運動を展開したが、生産者麦価には全く関心を持たなくなった。こうして、小津安二郎監督、原節子主演の名画の題名にもなった「麦秋」は、日本の田園風景から消えていった。

 さらに、JA農協は、米麦の相対価格を是正して、米の消費減少を食い止めるという発想も持たなかった。私は、1977年から1980年まで食糧管理制度を担当していたが、この間このような問題提起をしたのは、日本社会党の国会議員一人だけだった。

 農水省・食糧庁が、なぜ米麦の相対価格是正に動かなかったのかは、はっきりしない。私の先輩たちは、産業として成熟している米業界に比べ、食生活の洋風化を追い風に成長を見込まれる麦関連産業を伸ばした方が、天下り先が期待できると考えたのではないだろうか?

 この結果、1人1年あたりの米消費量はピーク時の1962年118kgから、2018年には53.5kgに減少し、総消費量は1963年の1341万トンから2018年には847万トンへ減少した。農水省が示した2022年産の適正生産量は675万トンで1967年1,426万トンの半分以下だ。他方で、国産麦(小麦に大・裸麦を加えた合計)の生産は、1960年の383万トンから、わずか15年後の75年に46万トンへと、8分の1まで減少した。その後、1973年の国際的な穀物危機から麦作奨励の政策が打ち出され、麦価も大幅に引き上げられた。この結果、麦の生産は2021年には131万トンに回復しているが、それでも1960年の3分の1である。

osayMay/shutterstock.com拡大osayMay/shutterstock.com

 パンやラーメンはほぼ100%輸入小麦である。国産小麦の主たる用途はうどんだが、いったん外麦に移った需要は戻らなかった。さぬきうどんの原料はASWというオーストラリア産小麦になった。米麦あわせた生産量は1960年の1,669万トンから2020年には893万トンへとほぼ半減した。1960年当時米の消費量は小麦の3倍以上もあったのに、今では同じ量まで接近している。

 米に比べ消費者麦価が低い水準に抑えられたことで、麦の消費量は1960年の600万トンから今では850万トンに増加した。しかも、国産麦の生産減少により、麦供給の9割はアメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入麦となっている。

国民一人一日あたり供給熱量
(出典)農水省「食料需給表」より筆者作成拡大国民一人一日あたり供給熱量 (出典)農水省「食料需給表」より筆者作成

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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