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ウクライナ侵攻があらわにした日本のエネルギー危機~再エネ推進は平和のために不可欠だ

世界中で始まった資源の獲得競争に巻き込まれないために

北村俊郎 元日本原子力発電理事

日本は石油で敗戦、戦後も輸入依存

 日本は江戸時代、もっぱら国産の木炭、薪をエネルギーとして使っていた。その他のエネルギーとしては水車の動力くらいなものだった。明治時代になっても、薪や木炭に加えて国内の石炭と水力発電を使用し、エネルギーはほぼ国産のもので賄っていた。しかし、西欧で蒸気機関が発明され、産業革命が起きると、先進国では石炭が主なエネルギー源として使われ、さらに自動車、船舶、飛行機などが普及すると日本も外国産の石油を消費するようになった。

 昭和に入ると、石炭に代わって石油を大量に使うようになり、アメリカなどからの輸入に依存するようになった。日中戦争が泥沼化してABCD包囲網に囲まれた日本は、アメリカが石油の輸出を禁止したため戦争に突入。結局、石油の備蓄が底をついて日本は降伏した。

 戦後は

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筆者

北村俊郎

北村俊郎(きたむら・としろう) 元日本原子力発電理事

1944年、滋賀県生まれ。1967年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本原子力発電株式会社に入社。本社のほか東海発電所、敦賀発電所、福井事務所など現場勤務を経験したのち、理事・社長室長、直営化プロジェクトリーダーを歴任。主に労働安全、教育訓練、地域対応、人事管理などに携わり、2005年に退職。福島県富岡町に移り住む。同年から2012年まで社団法人日本原子力産業協会参事。福島第一原発の事故により、現在も避難を続けている。著書に「原発推進者の無念」(平凡社新書)「原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴んだ事故原因」(かもがわ出版)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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