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経済安全保障を実現しない経済安保法~必要なのは経産省の解体だ

エネルギー、資源、食料の輸入依存から脱し循環経済を実現する体制整備を

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

居直り強盗の焼け太り

 この小見出しは、国会に提出された経済安全保障法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案)(以下、経済安保法という。)を見たとき、脳内に去来した言葉である。

 経済安保法は、国際社会における紛争等のリスクが日本の経済や国民生活に与える影響を抑制することを狙いとしている。この目的そのものは、大きな問題があるとは思えない。法の根拠となる立法事実についても、1970年代のオイルショックやコロナ禍でのマスク不足など、明白に存在している。

 しかし、経済安保法の内容は、経済活動と研究開発への行政による介入を促すものであり、主として執行を担うであろう経済産業省の経済統制権を大幅に強化するものである。形式的には、内閣総理大臣に権限を付与し、内閣官房・内閣府が所管すると思われるが、実際には、その準備室長が経済産業省から派遣されているように、経済産業省が運用を担うと考えられる。無届兼業やセクハラが報じられた前任の準備室長も、経済産業省から派遣されていた。

 経済安保法が認める行政の裁量権の広さについては、野党を中心に問題視する声があり、国会での論戦を通じて厳しく制約されることを望む。現状のまま成立すれば、過去の通達行政・指導行政が復活することになり、行政を透明化・公正化するために重ねてきたこれまでの努力に逆行してしまう。目的が正しくても、手段が正しくなければ、政策の効果は発揮されず、弊害が大きくなることは、過去の通達行政・指導行政で明らかである。

 ところで、本稿で主として問うのは、経済安保法の中身でなく、経済安全保障という本来の目的から大きく外れていることである。すなわち、経済安保法は、その執行が厳しく制約され、現状より改善されたとしても、日本経済のリスクに対しては焼け石に水でしかなく、リスクを軽減するに至らない。

 そして、日本経済のリスクを高めてきた主犯が、経済安保法の執行を担う、当の経済産業省であることを明らかにする。国際社会の変動や国内外の大規模災害等が発生するたび、日本の経済や国民生活が揺さぶられるのは、リスクに弱い経済社会システムを経済産業省や関係府省が意図して構築してきた結果なのである。自ずとリスクに弱くなってきたのではない。

 その主犯が、国民にリスクへの備えを説き、裁量的な権限を拡大するのは、まさに「居直り強盗の焼け太り」以外の何物でもない。

「経済安全保障法制準備室」の看板を掲げる岸田文雄首相(右)と小林鷹之経済安全保障相(左)=2021年11月19日、東京都港区虎ノ門「経済安全保障法制準備室」の看板を掲げる岸田文雄首相(右)と小林鷹之経済安全保障相(左)=2021年11月19日、東京都港区虎ノ門

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経済社会の3大リスク物資

 日本の経済社会における3大リスク物資は、昔も今も、エネルギー、資源、食料である。製品・半製品の輸入が増加し、過去に比べて割合は減少したが、現在でも全輸入品の3分の1をそれらが占めている。2018年では、鉱物性燃料(エネルギー)(23%)が最大の輸入品目で、食料品(9%)と原料品(6%)と合わせて、38%を占めている(通商白書2019)。

 これらの輸入が止まれば、日本の経済社会はたちまち危機に瀕する。実際、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵略に伴い、エネルギー(天然ガス・石炭等)や食料(小麦等)の国際取引が圧迫され、価格が上昇している。決して輸入が止まったわけではないが、それでもガソリン価格の抑制が政治課題の焦点に浮上している。これらのリスクの致命的な重要さが、改めて明らかになった。

 経済安保法の最大の問題は、この3大リスク物資にほぼ対応していない点にある。それどころか、岸田内閣は当初、エネルギーリスクの長期的な低下に寄与する住宅の断熱義務化法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律の改正)について、準備が整っていたにもかかわらず、国会に提出しなかった。与野党と世論の求めに応じて国会提出に転じたものの、岸田内閣の経済安全保障観を根底から疑わせる出来事であった。

 3大リスク物資については、海外への依存度を低下させることが、もっとも有効なリスク対策となる。それらの物資をできる限り使わずに同等の製品・サービスを生み出す、使われた製品・サービスから再び利用できる物資を取り出して使う、そのままでは使えない状態であっても別の状態に加工して使う、国産の物資に商業的に成り立つ範囲で最大限に置き換える。

 言い換えれば、3大リスク物資の使用抑制・効率化(リデュース)、再使用(リユース)、再資源化(リサイクル)、国産化(地産地消)である。依存度を低下させていれば、何らかのリスクで輸入が止まったとしても、代わりの輸入先や物資を見つけるのもそれだけ容易となる。なぜならば、どのような物資であっても、莫大な量を短時間で代替すること自体が難しいからである。依存度を低下させておけば、それだけ代替方法の選択肢も拡大する。

 食料についても、主食のコメという食糧の国内生産を確保しつつも、その生産基盤や栄養確保に必要な他の食料については、大きく輸入に依存してきた。食料生産においては、ガソリン・軽油で動くトラクター等の農機具・漁船等が不可欠であり、農業では化学製品である肥料・農薬も一般的に使われている。化学肥料等を用いない有機農業の面積は、0.2%しかない(食料・農業・農村白書2018)。また、野菜や果物、肉、その他の加工食品を大量に輸入している。

 偶然にも、これら3大リスク物資について、2000年頃に関係する法律が成立し、依存度低下の機運が高まった。1999年に地球温暖化対策推進法が成立し、ほぼ全量を輸入に依存している化石エネルギーの使用抑制が求められた。同年、持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律も成立した。2000年には、循環型社会形成推進基本法が成立し、リデュース・リユース・リサイクルが資源使用の基本原則となった。

 しかし、いずれも経済産業省(2000年までは通商産業省)の主導によって、効果的な制度・施策の導入が見送られた。

 エネルギーでは、

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