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またもや日本の刑事司法の前近代性をあらわにしたSMBC日興証券幹部の逮捕劇

相場の「変動操作」ではなく「安定操作」を金商法違反とする検察と監視委の非合理

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

 3月24日、大手証券会社、SMBC日興証券(以下、「SMBC日興」)の幹部らによる相場操縦事件で、東京地検特捜部は、佐藤俊弘副社長を金融商品取引法違反(違法安定操作)の相場操縦の容疑で逮捕した。同日、既に逮捕されていた幹部4人に新たに一人を加えた5人と、法人としてのSMBC日興の6者を起訴した。佐藤氏は、4月13日に、同容疑で起訴された。

 同社の近藤雄一郎社長は、幹部4人が逮捕された3月4日に続いて、幹部や法人が起訴されたことを受けて記者会見を行い、「市場の信頼を著しく揺るがす重大な事態を引き起こした」と謝罪した。しかし、その時点での自らの引責辞任は否定し、法人が起訴されたことについて、「内部管理体制に不備があったことは否定できず、法人としての責任は免れない」と述べたものの、逮捕・起訴された幹部についての犯罪の成否については、「送達される起訴状、開示される証拠を見て判断したい」と述べるにとどめた。

会見するSMBC日興証券の近藤雄一郎社長=2022年3月24日、東京都千代田区会見するSMBC日興証券の近藤雄一郎社長=2022年3月24日、東京都千代田区

 この事件で証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)の強制調査が開始されたのは昨年6月、その後の調査に対して、SMBC日興側は、一貫して違法性を否定し、徹底抗戦をしてきた。

 9か月後の今年3月4日、検察は、外国人2人を含む会社幹部4人の逮捕という「強硬手段」に出た。しかし、それでも、会社幹部4人は違法性を認めず、なおも「無罪主張」の構えを崩していないようだ。佐藤副社長も、特捜部の逮捕前の調べに対して「取引の報告は受けていたが、違法という認識はなかった」などと説明していたようだ。逮捕後も、「買い支え自体は聞いていたが、手口までは聞いていない」と容疑を否認しているとのことだ。

 同社の幹部社員を逮捕した検察当局にとって、このようなSMBC日興側の態度は、幹部を起訴し、副社長まで逮捕した検察当局の「有罪判断」に対する「挑戦」に思えるだろう。

 「軍門」に下ろうとしないSMBC日興という大手証券会社に対して、検察は、「4人の会社幹部を起訴するのと同時に副社長を逮捕する」という「強硬手段」に出た。会社のナンバー2の逮捕で、同社への社会的批判を一層高め、金融庁も行政処分を行わなければならない状況に至らせて、SMBC日興側を屈服させ、公判での全面対決を回避しようとしたようにも思える。

何が「金商法違反の犯罪」とされたのか

 本件の「違法安定操作」の起訴事実は、

 SMBC日興証券株式会社が扱う「ブロックオファー」取引において、売買価格の基準となる同取引当日の終値等が前日の終値に比して大幅に下落することを回避し、その株価を××円程度に維持しようと企て、金融商品取引法施行令20条で定めるところに違反して同株券の相場を安定させる目的をもって、令和3年×月×日午後2時×分頃から同日午後3時頃までの間、指値××円の買い注文を大量に入れるなどの方法により、同株券合計×万株の買付けの申込みを行って、そのうち合計約×万株を買い付け、もって、前記有価証券市場における各株券の相場を安定させる目的をもって、一連の有価証券売買及びその申込みをした。

 というものであり、適用されたのは、

 政令で定めるところに違反して、有価証券の相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をしてはならない

 とする159条3項の規定だ。

 この事件では、大株主が大量の株を売る際、市場での値崩れを防ぐために、市場時間外に証券会社が一度買い取った上で投資家らに転売する「ブロックオファー」という取引に関して、株式の買取り・転売が行われる日の取引終了の直前に、SMBC日興が、対象銘柄で大量の買い注文を出していたのが「買い支え」であり、「違法安定操作取引」(「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行うこと」金商法159条3項)に当たるとされている。

「犯意」と「共謀」に関する問題

 この事件の事実関係について問題となるのは、ブロックオファーの対象銘柄について、SMBC日興の取引日の「終値」近辺での「大量の買い注文」が、逮捕・起訴された4人の幹部の指示によって行われたものなのか、ブロックオファーの対象銘柄の株価を維持する目的で行われたのか、という「犯意」と「共謀」だ。

「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行う」ことについての「犯意」と「共謀」なのであるから、どの銘柄について、どのような「目的」で相場を安定させるのか、価格をどのような範囲に安定させるのか、について認識を共有することが必要であり、「買い支えを行うことについて漠然と認識していた」という程度では、「犯意」「共謀」があったとは言えないだろう。

 「終値」近辺での「大量の買い注文」が、自己売買部門の担当者の独自の判断で行われたもので、逮捕・起訴された幹部の指示によるものでなければ、そもそも、「不正の買い支え」とは言えない。

 この点について、逮捕・起訴された幹部が所属していたエクイティ本部内で、ブロックオファー取引と自己売買の両方が行われており、両者の間に「ファイアーウォールの設置」(情報の遮断)が行われていなかったこと、同社の売買審査部門から、摘発対象となった大量の株の買い注文に関し、社内の売買監視部門のシステムで不審と警告されていたのに問題視されず必要な対応も取られていなかったことなどが報じられている。

 検察側の「見立て」は、「ファイアーウォールがなく、情報が筒抜けだから、ブロックオファー取引に関する判断と自己売買部門の買い注文とは直結していた。しかも、自己売買部門で、警告を受けた「不正な買い注文」を、何の動機もなくやるわけはない。それは逮捕・起訴された幹部らの指示によるものに違いない」というものであろう。

 しかし、そのような「ストーリー」で、SMBC日興の金商法違反を立証するためには、逮捕・起訴された幹部と、大量の買い注文を出した自己売買部門の担当者が、検察のストーリーに沿う供述を行うことが必要だ。何とか、そのような供述を行わせようとして4人を逮捕した上で、自己売買の担当者などの取調べも行い、強制捜査によって収集された社内メールも徹底して調べられているはずだ。その中に「犯意」「共謀」を裏付けるものがあるのであれば、会社幹部ら4人が揃って否認を通すことは容易ではないはずだ。当初検察が意図したとおりの供述や証拠が得られていない可能性が高いように思える。

犯罪の立証のためにSMBC日興側の供述が不可欠な事件

 証券会社の自己売買部門も、基本的には、自らの判断で投資を行う「プロの投資家」である。「安ければ買い、高ければ売る」という原則に基づいて株式の売買を行っている。

 ブロックオファーの対象とされた銘柄も、報道によれば、いずれも、相応に企業価値の高い企業であり、その株価が想定価格より低いと判断して買い注文を出すというのは、投資家としては当然の判断である。

 本件で「安定操作」とされたのは、「指値X円の買い注文を大量に入れる」というものだった。この「X円」という株価が、企業価値や相場の動きからして割安であり、「買い」が当然との判断によって買ったということもあり得る。

 しかも、SMBC日興のブロックオファーは、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計であったなどと報じられており、大株主からの買取と転売が行われる日に「空売り」によって株価を下落させようとする動きがあったことは間違いないようだ。「空売り」によって不自然に株価が下落したのであれば、自己売買部門が純粋な投資判断として「買い注文」を入れることも十分にあり得る。

 そういう意味では、自己売買の担当者が、それなりの合理性のある理由をもって「独自の判断で買い注文を入れた」と供述した場合、それを覆すことは容易ではない。

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