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またもや日本の刑事司法の前近代性をあらわにしたSMBC日興証券幹部の逮捕劇

相場の「変動操作」ではなく「安定操作」を金商法違反とする検察と監視委の非合理

郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

何が「金商法違反の犯罪」とされたのか

 本件の「違法安定操作」の起訴事実は、

 SMBC日興証券株式会社が扱う「ブロックオファー」取引において、売買価格の基準となる同取引当日の終値等が前日の終値に比して大幅に下落することを回避し、その株価を××円程度に維持しようと企て、金融商品取引法施行令20条で定めるところに違反して同株券の相場を安定させる目的をもって、令和3年×月×日午後2時×分頃から同日午後3時頃までの間、指値××円の買い注文を大量に入れるなどの方法により、同株券合計×万株の買付けの申込みを行って、そのうち合計約×万株を買い付け、もって、前記有価証券市場における各株券の相場を安定させる目的をもって、一連の有価証券売買及びその申込みをした。

 というものであり、適用されたのは、

 政令で定めるところに違反して、有価証券の相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をしてはならない

 とする159条3項の規定だ。

 この事件では、大株主が大量の株を売る際、市場での値崩れを防ぐために、市場時間外に証券会社が一度買い取った上で投資家らに転売する「ブロックオファー」という取引に関して、株式の買取り・転売が行われる日の取引終了の直前に、SMBC日興が、対象銘柄で大量の買い注文を出していたのが「買い支え」であり、「違法安定操作取引」(「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行うこと」金商法159条3項)に当たるとされている。

「犯意」と「共謀」に関する問題

 この事件の事実関係について問題となるのは、ブロックオファーの対象銘柄について、SMBC日興の取引日の「終値」近辺での「大量の買い注文」が、逮捕・起訴された4人の幹部の指示によって行われたものなのか、ブロックオファーの対象銘柄の株価を維持する目的で行われたのか、という「犯意」と「共謀」だ。

「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行う」ことについての「犯意」と「共謀」なのであるから、どの銘柄について、どのような「目的」で相場を安定させるのか、価格をどのような範囲に安定させるのか、について認識を共有することが必要であり、「買い支えを行うことについて漠然と認識していた」という程度では、「犯意」「共謀」があったとは言えないだろう。

 「終値」近辺での「大量の買い注文」が、自己売買部門の担当者の独自の判断で行われたもので、逮捕・起訴された幹部の指示によるものでなければ、そもそも、「不正の買い支え」とは言えない。

 この点について、逮捕・起訴された幹部が所属していたエクイティ本部内で、ブロックオファー取引と自己売買の両方が行われており、両者の間に「ファイアーウォールの設置」(情報の遮断)が行われていなかったこと、同社の売買審査部門から、摘発対象となった大量の株の買い注文に関し、社内の売買監視部門のシステムで不審と警告されていたのに問題視されず必要な対応も取られていなかったことなどが報じられている。

 検察側の「見立て」は、「ファイアーウォールがなく、情報が筒抜けだから、ブロックオファー取引に関する判断と自己売買部門の買い注文とは直結していた。しかも、自己売買部門で、警告を受けた「不正な買い注文」を、何の動機もなくやるわけはない。それは逮捕・起訴された幹部らの指示によるものに違いない」というものであろう。

 しかし、そのような「ストーリー」で、SMBC日興の金商法違反を立証するためには、逮捕・起訴された幹部と、大量の買い注文を出した自己売買部門の担当者が、検察のストーリーに沿う供述を行うことが必要だ。何とか、そのような供述を行わせようとして4人を逮捕した上で、自己売買の担当者などの取調べも行い、強制捜査によって収集された社内メールも徹底して調べられているはずだ。その中に「犯意」「共謀」を裏付けるものがあるのであれば、会社幹部ら4人が揃って否認を通すことは容易ではないはずだ。当初検察が意図したとおりの供述や証拠が得られていない可能性が高いように思える。

犯罪の立証のためにSMBC日興側の供述が不可欠な事件

 証券会社の自己売買部門も、基本的には、自らの判断で投資を行う「プロの投資家」である。「安ければ買い、高ければ売る」という原則に基づいて株式の売買を行っている。

 ブロックオファーの対象とされた銘柄も、報道によれば、いずれも、相応に企業価値の高い企業であり、その株価が想定価格より低いと判断して買い注文を出すというのは、投資家としては当然の判断である。

 本件で「安定操作」とされたのは、「指値X円の買い注文を大量に入れる」というものだった。この「X円」という株価が、企業価値や相場の動きからして割安であり、「買い」が当然との判断によって買ったということもあり得る。

 しかも、SMBC日興のブロックオファーは、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計であったなどと報じられており、大株主からの買取と転売が行われる日に「空売り」によって株価を下落させようとする動きがあったことは間違いないようだ。「空売り」によって不自然に株価が下落したのであれば、自己売買部門が純粋な投資判断として「買い注文」を入れることも十分にあり得る。

 そういう意味では、自己売買の担当者が、それなりの合理性のある理由をもって「独自の判断で買い注文を入れた」と供述した場合、それを覆すことは容易ではない。

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筆者

郷原信郎

郷原信郎(ごうはら・のぶお) 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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