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ロシアのチェルノブイリ攻撃があらわにした日本の原発のジレンマ~全60基がリスクでも高まる再稼働論

脱原発か経済か、今こそ原子力政策に決着をつける好機だ

原真人 朝日新聞 編集委員

 ロシア軍によるウクライナ侵攻は世界の地政学や経済安全保障、エネルギー安全保障のあり方に再考を迫っている。原子力政策もその一つだろう。私たちは原発の安全性について考える際、テロや武力攻撃の脅威は「国際法違反だからありえない」という前提で検討してきたのだが、これも無視できない問題なのだという現実を目の前に突きつけられたかたちだ。

 とはいえ世の中はこの問題を受けて「だから脱原発だ」と受け止める者ばかりではない。「だから原発推進だ」という主張も成り立つからややこしい。ウクライナ危機から読み解く教訓は、かなり複雑なのである。

「国際法で禁じられている」から大丈夫?

 ロシア軍がウクライナの原発施設を最初に襲ったのは侵攻初日の2月24日。首都キーウへの進軍ルートにあった旧ソ連のチェルノブイリ原発を制圧した。後に撤退したが、ここで塹壕を掘った際、被ばくした疑いもあるという。

 さらに3月4日、ウクライナ中南部にある最大の発電能力をもつザポリージャ原発も攻撃された。砲撃を受けて訓練棟で火災が起き、ウクライナ軍の3人が死亡、2人が負傷した。

ウクライナ南部のザポリージャ原発で、ロシア軍の攻撃で焼けた訓練棟=2022年3月4日、ウクライナの原子力企業「エネルゴアトム」がSNSに投稿した拡大ウクライナ南部のザポリージャ原発で、ロシア軍の攻撃で焼けた訓練棟=2022年3月4日、ウクライナの原子力企業「エネルゴアトム」がSNSに投稿した

 この事態で浮かび上がったのが、原発が武力攻撃に耐えられるかどうかという問題である。これまで日本では、大地震や津波、噴火など自然災害への備えが原発リスク対策の主要テーマだった。武力攻撃は焦点にならなかった。原発への攻撃は「ジュネーブ条約などで禁じられており、ありえない」という理屈で、この点について対応してこなかったのだ。

 だが、ウクライナで「戦時に攻撃対象にならない施設はない」という現実が浮かび上がった。むしろ原発という核を取り扱う施設だからこそ狙われる可能性さえある。

 この事態を受け、日本政府の対応は変わっていない。岸田文雄首相は3月16日の記者会見でこう話している。

 「航空機などのテロについても事業者がしっかり対応することを定めている。武力攻撃の場合は、平和安全法制の仕組みがあり、しっかり対応している。ミサイル攻撃等についてもこの法にもとづいてイージス体制、あるいはパック3などのミサイル防衛体制でしっかり対応していく」

 「いずれにせよ原発への武力攻撃はジュネーブ諸条約違反、国際法違反であることを大前提に、原子力安全の法律と安全保障における法律をしっかり連動させることによって原発の安全を守っていくのが基本」

 要は、原発攻撃は国際法で禁じられている、だからそうそうそんなことは起きないだろうし、仮にミサイル攻撃のような事態になったら、あとは安全保障法制のもとで迎撃ミサイルなどによって防衛する、という説明である。懸念を強めている風でもなく、新たな対応が必要だと言っているわけでもない。

 当然、記者側からは追加質問が出た。「現行法で大丈夫なのでしょうか?」

 これに対し、岸田首相の答えはざっと次のようなものだ。「安全保障において何が必要なのか、日本の防衛力の強化、日米同盟の対処力、抑止力が十分なのか検討していく。ミサイル等の技術も毎日毎日進歩していくので、日本の国民の命や暮らしを守るために十分かどうか絶えず考えていかなければいけない」

 あらゆる答弁がそうなのだが、岸田首相の話は誠実に答えているようで、実際には何も答えていない。これも要は、現状のまま何も変えない、という話にすぎない。

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筆者

原真人

原真人(はら・まこと) 朝日新聞 編集委員

1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた〈20年〉』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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