ロンドン講演で明らかになった経済政策の「変節」
2022年05月16日
ロンドンで5月5日講演した岸田文雄首相の言葉に、がっかりした人も少なくないだろう。格差是正や分配重視の経済成長を軸とする「新しい資本主義」を唱えてきた首相が、具体的な政策目標として唐突に「資産所得倍増」を掲げたのである。昨年の自民党総裁選で広範な国民レベルの「令和版所得倍増計画」を口にしてかつての自民党主流・宏池会の伝統復活かと思わせた岸田氏の構想のあからさまな後退に、物悲しさすら漂う。
首相の講演は、「シティー」と呼ばれる金融街で投資家らを相手に開かれたもので、「日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心して日本に投資をしてほしい。インベスト・イン・キシダです」と、かつて安倍元首相がニューヨーク証券取引所で日本への投資を呼びかけた時の演出を真似た。
講演の内容は「新しい資本主義」の説明が大半を占めた。その中で首相は「貯蓄から投資」への転換が重要な課題であるとし、「日本の個人金融資産は2000兆円と言われていますが、その半分以上が預金・現金で保有されています。この結果、この10年間で米国では家計金融資産が3倍、英国では2.3倍になりましたが、日本では1.4倍にしかなっていません」と述べた。そのうえで「貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進め、投資による資産所得倍増を実現いたします」と述べた(ギルドホールにおける岸田総理基調講演=首相官邸HP)。
株式配当などから得られる資産所得を増やすための手段としては、少額投資非課税制度(NISA)の抜本的拡充や、国民の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みの創設など政策を総動員し、資産所得倍増プランを進めていく考えを示した。
NISAはもともと英国の個人貯蓄制度(ISA)をモデルにしたもので、株式や投資信託の売却益や配当に一定額まで税金がかからない。それを抜本的に拡充すれば、貯蓄や投資に回すお金が十分にある富裕層を優遇する政策になりがちだ。富裕層が消費をけん引すればよいという考えを採らず、国民全体の所得が増えてこそ消費拡大につながると述べてきた岸田氏の基本姿勢は、どこに行ってしまったのか。
国民の預貯金を投資に誘導する仕組みの創設は、証券・金融界や富裕層を潤すとしても、それで首相が目指す経済成長や格差是正につながるのかどうか、はなはだ疑問である。
2019年に厚労省が実施した国民生活基礎調査によれば、2018年の1世帯当たり資産所得(財産所得)は15.8万円で、1世帯当たりの総所得552.3万円の2.9に過ぎない。この数字は3年前の2015年実績(18.3万円で総所得の3.4%)を下回った( 2019年国民生活基礎調査の概要=厚生労働省HP)。
この状況をもとに資産所得の倍増を考えてみても、家計全体にとってどれほどの効果が期待できるかは疑わしい。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください