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“おばあちゃん”がくれた特ダネ

【11】事故多発の福岡・西鉄バス、信頼回復へのカギ握った社長人事/1997年

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

西鉄バス拡大福岡市の中心部を行き交う西鉄バス

 福岡市の市民の足は西日本鉄道のバスと言っても過言ではない。いまから四半世紀も昔のことだが、そんな独占事業に胡坐をかいたのか、運転は乱暴で、西鉄バス同士が正面衝突といった冗談のような事故も多発した。事態を厳しく見た九州運輸局が異例の特別監査に乗り出しもした。体調が悪化した橋本尚行社長の去就が注目されるなか、私はひょんなことで特ダネをつかんだ。

高速バス同士の衝突事故で乗客ら死傷も

 ちょうど私が福岡に赴任していた1995~97年の間は、西鉄バスの事故が絶えなかった。95年1月には、路線の間違いに気が付いてUターンしたバスがタクシーと衝突、2人が怪我し、3月には回送中のバスが歩道を突っ切って天神の福岡銀行本店に突っ込んだ。6月には交差点で停止中の乗用車に、前方をよく見ていなかった路線バスが追突。12月には両替機に気をとられていた高速バスの運転手が、前方を進行していた同じ西鉄の高速バスに追突、このバスがさらに乗用車に、そして乗用車がライトバンにと合計4台が絡む玉突き事故を起こした。

 その数年前から西鉄バスの事故は紙面をにぎわせていた。高速バス同士が衝突し、運転手1人死亡、乗客約10人が怪我(93年7月)。乗客の咳に怒った運転手が「あんたが運転しろ」とバスを降りて放置(93年9月)。貸し切りバスと路線バスが衝突し、59人が怪我(94年9月)、路線バスが、横断歩道を歩行中の歩行者をはねて死なす(94年10月)……。

「田舎から出てきて街の中を走るから」

大屋麗之助・元西鉄会長=2004年10月拡大大屋麗之助・元西鉄会長=2004年10月

 東京が都バス、西武バス、東急バス、国際興業など10事業者がひしめくなど複数のバス会社が参入しているのに対して、福岡は西鉄の1社独占状態が続いた。社名は西日本鉄道と「鉄道」がつくが、当時保有バスは3500台あり「日本一のバス会社」と標榜していた。とはいえ、マイカーが普及し、地下鉄も開通するなか、西鉄王国に陰りが生じ、西鉄は87年からソラリアプラザビルの開発など天神地区の不動産開発に乗り出すとともに、収益力の悪化したバス事業のリストラに着手した。筑豊や筑後地方など不採算の路線は分社化した11の子会社に運行を委託し、800人の運転手の賃金水準を引き下げた。本体のバスでも人件費抑制のため本採用よりも賃金の安い契約運転手制度を導入している。こうしたリストラが事故多発の背景にあるのではないかというのが、私を含めた取材記者の大方の見方だった。しかし、西鉄のドンだった大屋麗之助会長は96年10月の私のインタビューに対して「田舎から出てきて街の中を走るから知識がない」と言い放っていた。一応「会社にも責任はあるが」と言いつつも、すぐに「運転手本人にプロ意識がない」と言ってしまう。こんなところに本社の管理部門と現場との乖離が大きく感じた。

 そうした中で橋本尚行社長が交代しそうだという観測が浮上した。

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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。88年、朝日新聞社入社。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』、『東芝の悲劇』がある。近著に『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』。取材班の一員でかかわったものに『ゴーンショック 日産カルロス・ゴーン事件の真相』などがある。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。レコ漁りと音楽酒場探訪が趣味。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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