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イーロン・マスクの買収に揺れるツイッター

言論の自由とヘイトスピーチをめぐって

小林啓倫 経営コンサルタント

 2006年に登場し、いまやソーシャルメディアの代名詞ともなったミニグログサービス「ツイッター」。現在のアクティブユーザー数(1日あたり)は2億人を超えていると推定され、個人間のコミュニケーションだけでなく、企業のプロモーションや政府の広報など、幅広い用途に利用されるまでに至っている。常にツイッターを開いたり、ツイートを投稿したりしていないと気が済まない「ツイ廃(ツイッター廃人)」でなくても、ツイッターが自由に使えなくなったら困る、という人は少なくないだろう。

 そのツイッターがいま、大きな曲がり角を迎えている。言うまでもなく、大富豪イーロン・マスクによる買収騒動だ。なぜ彼はツイッターを買収しようとしているのか、買収が実現された場合に何が変わるのかを整理してみたい。

順風満帆ではなかったツイッターの経営

 サービスとしてのツイッターは、立ち上げられてから順調にユーザーを獲得・維持してきており、フェイスブックと並ぶ世界的に定着したSNSとなっている。その一方で、運営会社としてのツイッターの経営は、決して順風満帆なものではなかった。

 膨大なユーザーを手に入れたにも関わらず、彼らの反発を招かずに収益をあげるビジネスモデルがなかなか見つからず、何度も経営陣の交代を繰り返してきたのである。その影響もあってか、ツイッターの機能やアルゴリズム、ユーザーインターフェースにはたびたび手が加えられ、変更や追加が行われてはユーザーからの批判を浴びるという状況だった。

米上院情報特別委員会の公聴会で証言するツイッターのジャック・ドーシーCEO(左)=2018年9月、ワシントン
  ツイッター社のCEOは、2015年から、創業メンバーの1人であったジャック・ドーシーが務めていた。創業者のCEO復帰はツイッターの経営を安定させると期待されていたが、ツイッターの政治的問題への対応(トランプ元大統領のアカウント停止騒動や、ロシアなど外国勢力による世論操作疑惑など)をめぐる騒動に巻き込まれるなど、彼も数々の苦難に直面することとなる。

 そして2020年9月には、ヘッジファンドがドーシーを退陣に追い込もうとしていることが発覚。この時はCEOの座を守ることに成功したものの(実はこの際、イーロン・マスクはドーシーの支援に回っている)、2021年11月29日にドーシーは、「創業期を脱するため」を理由にCEO辞任を発表する。その後任となったのが、当時CTOを務めていたパラグ・アグラワルである。彼は2011年にツイッターに入社し、エンジニアとして裏方からこのサービスを支えてきた人物だった。

 こうしてCEOに就任し、表舞台へと登場したアグラワルに突きつけられたのが、イーロン・マスクによるツイッター社の買収提案だったのである。

買収騒動への経緯

 2022年3月下旬、マスクはツイッターが言論の自由を守っておらず、調査する必要があるという批判を行うようになる。そして実際に、ツイッターの株式を大量に買い込むという行動に出て、全株式の9.2%を保有する筆頭株主となった。とはいえマスクによるツイッター株の購入は、2022年1月31日から始まっていて、3月14日には全体の5%を保有するに至っており、以前から買収を計画していたのではないかとの指摘も出ている。

テスラのイーロン・マスクCEO=2022年2月10日、米テキサス州

 いずれにせよツイッターは、マスクの言動を受けて、彼を経営陣に迎え入れることを4月5日に発表。マスクもこれを受け入れる姿勢を示した。しかし取締役に就任した場合、マスクは14.9%以上のツイッター社株式を保有することが不可能になる。そのためか4月9日、マスクは就任を辞退することを発表。そして2022年4月14日、マスクはツイッターに対し、同社を約430億ドルで買収して、非公開化することを提案したのである。

 これに対しアグラワルCEOは、「ポイズンピル」戦略を取る姿勢を打ち出した。これは買収対象となった企業が行う防衛策のひとつで、買収を試みた相手の株式保有比率を下げたり、買収コストを上げたりするような仕組みを導入することで、支配権が確立されるのを難しくするものである。いずれにしてもアグラワルは、ツイッターがマスクのものになることを良しとしなかったわけだ。

 ところが結局、ツイッターの取締役会は、4月25日にマスクの買収提案を全会一致で受け入れる。理由は明らかにされていないが、同社は最終的に、マスクの当初の提案をわずかに上回る約440億ドルで買収されることが決定した。

 だが5月13日、事態は意外な方向に進む。マスクは「ツイッターが5%未満だと主張している、アカウント全体に対する偽アカウントの割合などの数を確認する」ためとして、買収手続きを一時的にストップさせたのである(マスクはこの割合が20%程度に達しているのではないかという考えをツイートしている。こちら)。このように買収が合意に至ったとはいえ、そのプロセスがすんなりと完了するのか、予断を許さない状況が続いている。

買収の狙いは言論の自由?

 イーロン・マスクはいわゆる「シリアル・アントレプレナー(連続起業家)」で、その名の通り、いくつもの著名企業を立ち上げてきたことで財を成した人物だ。特に有名なのがEVメーカーのテスラや、宇宙開発企業のスペースXだが、オンライン決済サービスPayPalの創業にも関わっている。米フォーブス誌の2022年度版世界長者番付では、マスクの保有資産は総額2190億ドルとされ、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスを抜いて初の世界一となった。

イーロン・マスク氏=2012年6月、米カリフォルニア州

 そんな大富豪であるマスクが、なぜツイッターに興味を示したのか。

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