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国債1千兆円でも大丈夫なのか(上) 「誰に働いてもらうか」を補助線にして考える

問題を解決するのは「お金自体」ではない

田内学 お金の向こう研究所代表

借金=将来にツケを回すこと? 国全体から見直す

 自動車ローンや住宅ローンなど、身近にある家庭の借金をイメージして、「借金=将来にツケを回すこと」と自動変換する人は多い。実は、この固定観念が、国の借金の理解を妨げている。将来にツケを回すのは、実は「“外”の人に働いてもらうとき」だけだ。

 どういうことか。たとえば、自動車ローンを組めば、自分は働かずして車が手に入る。では、車を手に入れるとき、「誰に働いてもらうのか」?

拡大Sasun Bughdaryan/shutterstock.com

 自動車会社の人であり、部品や材料を作る人など、すべて家庭の“外”の人たちだ。“外”の人たちに働いてもらうことで、“現在の自分”は働かずして車を乗り回せる。そのかわりに、“将来の自分”は、家庭の“外”の人たちのために働いてお金を稼ぎ、借金を返済しないといけない。

 「現在働いてもらったから、将来働いて返さないといけない」という当たり前の話だ。このとき「借金=将来にツケを回すこと」という等式は成り立っている。

 ところが、国の借金は、状況が異なる。家庭の借金のように“外”の人に働いてもらうとは限らないからだ。

 たとえば1兆円の国債を発行して、高速道路を整備する。このとき外国企業に丸ごと建設してもらう場合と、日本国民が自分たちで建設する場合がある。前者の場合は、家庭の借金と同じだ。国の“外”の人に働いてもらう(同時に国の“外”に1兆円も流れる)から、将来の日本国民は、国の“外”の人のために働いて1兆円を稼がないといけない。

 一方で、日本国民が自分たちで働く場合は、国の“外”の人のために働く必要はない。このとき、政府が借金して使った1兆円は、日本の民間部門に支払われている。将来世代は、1兆円の政府の借金を引き継ぐと同時に、民間部門でも1兆円の預金を引き継いでいるのだ。国全体(政府+民間)で見れば、将来のツケは存在しない(1兆円の預金は偏在しているので、格差は存在するが、ここでは全体の問題を考える)。

 税金を増やすか、国債を発行するのか、財源ばかりを気にしがちだが、大事なのは「誰に働いてもらうか」であり、「誰にお金が流れるのか」だ。
もちろん、高速道路建設のお金の流れだけではなく、国全体の経済活動を見る必要がある。

 トータルで見て、“外国のために働いた量”よりも“外国に働いてもらった量”が多ければ、つまり経常赤字であれば、国として将来にツケを回すことになる(経常収支を見るべきか貿易収支を見るべきかという議論はひとまず置いておく)。

 国内の生産力以上に消費することが、将来へのツケになるのであって、政府の借金とは別物なのだ。

 将来の生産力を前借りすることは、タイムマシンが存在しない限り実現できない。借りているのだとしたら、外国からの生産力だ。

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筆者

田内学

田内学(たうち・まなぶ) お金の向こう研究所代表

1978年生まれ。東京大学入学後プログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。 同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。 2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日銀による金利指標改革にも携わる。 2019年退職。現在は金融教育や政策提言などの活動を行なっている 著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、『高等学校教科書 公共』(教育図書、共著)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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