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支離滅裂な物価対策がまかり通るのはなぜか?

麦の政府売り渡し価格据え置き決定が映し出す農政の矛盾

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 原油や農産物の国際価格の上昇や円安によって、消費者物価が上昇している。政府は、物価対策として、これまでの価格決定のルールからすれば本来20%上がるはずの麦の政府売り渡し価格を据え置くことを決定した。

ウクライナの小麦畑ウクライナの小麦畑=FAO(国連食糧農業機関)駐日連絡事務所提供

小麦が重要というなら大豆はどうなのか

 輸入麦の売買は、民間ではなく政府が行っている。長年、米、麦は、農林水産省自身が、乳製品は、農林水産省所管の独立行政法人・農畜産業振興機構が、独占的に輸入・売却している。これらを「国家貿易」と言う。農林水産省は、これらは重要な物資なので、国家が輸入を管理する必要があるというだろうが、カロリー源としてもタンパク源としても重要だと思われる大豆は、国家貿易品目ではない。逆に、奢侈品と言ってもよい牛肉は、1991年に輸入が自由化されるまで国家貿易品目だった。

 実際のところは、国家貿易は、同省の組織維持のためと国内農業保護のために行われている。巨額の牛肉の輸入差益は、畜産団体や畜産農家のために使われた。国内の乳製品需給の緩和とこれによる乳価の下落を恐れて、農畜産業振興機構が必要な量を輸入しなかったため、2014年深刻なバター不足を起した。

 この制度の下で、農林水産省は輸入小麦に一定の課徴金を加えて製粉メーカーに売り渡している。今回は、小麦価格抑制のため、この課徴金を徴収しないことになるのだろう。農林水産省はこの課徴金収入を財源として国内の小麦農家に補助金を交付してきた。課徴金収入がなくなれば、国庫から補助金を支出しなければならなくなる。財政負担は半年で350億円かかると言われている。仮に、国際価格上昇が長引くようだと、より多くの財政負担が必要となる。

 麦、特に小麦は、パンやラーメンなどの原料となる重要な物資だからと岸田総理は言うかもしれないが、油、豆腐、味噌、醤油、納豆の原料となる大豆も、小麦に劣らず重要である。小麦同様、大豆の国際価格も上昇している。対前年同月比でみると、小麦製品である食パンは12.6%上昇しているのに対し、食料油は40.3%も増加している。それなのに、大豆を物価対策の対象としないのは、政府が操作する国家貿易品目でないからだろう。

物価対策とはいえない農家向け対策

 しかし、国家貿易品目でなくても、輸入大豆に補助して価格を下げる方法もある。終戦後は、輸入価格が高いので、このような政策を採っていた。トウモロコシは家畜の飼料として輸入されている。これは国家貿易品目でないのに、畜産農家に対する飼料価格高騰対策として、補てん金が農家に交付される。農林水産省にとって産業規模が拡大している畜産は重要だし、畜産議員の政治力もある。

 しかし、これで生産される牛肉などの畜産物は、大豆や主食である米などと異なり、嗜好品で基礎的な食料とは言えない。また、飼料の価格を抑制するなら、牛乳・乳製品や牛肉・豚肉などの畜産物価格も抑制すべきだが、そのような対策はとられない。むしろ、畜産農家がコスト上昇を価格転嫁しやすい方策が検討されるだろう。現に、飼料価格の上昇を理由として、酪農家が販売する生乳の価格が11月から8.3%引き上げられることが7月、酪農団体と乳業メーカーの間で合意された。これで牛乳や乳製品の価格は上昇する。飼料価格補てんは、消費者(物価)対策ではなく農家対策である。

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