選挙で争点にせず、あっけらかんと新増設に言及
2022年09月08日
目先の利害や思い込みにとらわれて津波対策もろくに考えずに招いた原発メルトダウン。命がけで闘った福島第一原発所長の吉田昌郎氏が「イメージは東日本壊滅」と述べた危機の教訓をもう忘れたかのように、岸田政権は臆面もなく全面的な原発回帰路線を打ち出した。
脱炭素を口実に、電力の不足や料金値上げで脅せば国民の賛成は得られると踏んだのだろうか。しかし、そういう姿勢では、亡国の危機を招きかねない。この国の行方を真剣に考え、のちの世代の平和と安全、環境と経済の調和に責任を持つ政治とはいえない。日本を滅ぼす巨大リスクを回避するには脱炭素と脱原発を両立させる以外に道はない。そのための論議を活発化させる役割が政治にもメディアにも求められている。
吉田所長が事故の後で政府の聞き取り調査に応じて述べた言葉を岸田首相はよく読むべきである。聴取は2011年7月から11月にかけて行われ、A4判で400ページを超えるが、所長が抱いた恐怖の核心は、メルトダウンの連鎖で注水作業もできなくなるという最悪の事態を想定して述べた以下の言葉に象徴されている。
「ここで本当に死んだと思ったんです」
「炉心が溶けて、チャイナシンドロームになりますということと、そうなった場合は何も手をつけられないですから(中略)、凄まじい惨事です」
「燃料分が全部外へ出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージは東日本壊滅ですよ」
この「東日本壊滅」が現実とならなかったのは、福島第一原発2号機が何らかの不具合もしくは欠陥によって原子炉の圧力容器が壊れたため爆発を免れたことと、4号機では工事の遅れで隣接プールに貼られていた水が振動で原子炉に流れ込んだという偶然が重なったことによるとみられているが、真相究明はなされていない。
原発を次々と再稼働していけば、事故のリスクは高まらざるをえない。ロシアによるウクライナ侵略で原発の脆弱性が示されたことも十分に考えなければいけない。東日本大震災のころ、「最新の原子炉なら、飛行機が落ちても大丈夫」などという説明を電力会社の幹部から聞いたことがあったが、その幹部は軍事衝突やテロなどは想定していなかった。
「電力需給ひっ迫という足元の危機克服のため、今年の冬のみならず今後数年間を見据えてあらゆる施策を総動員し不測の事態にも備えて万全を期していきます。特に、原子力発電所については、再稼働済み10基の稼働確保に加え、設置許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応を採ってまいります。GXを進める上でも、エネルギー政策の遅滞の解消は急務です。本日、再エネの導入拡大に向けて、思い切った系統整備の加速、定置用蓄電池の導入加速や洋上風力等電源の推進など、政治の決断が必要な項目が示されました。併せて、原子力についても、再稼働に向けた関係者の総力の結集、安全性の確保を大前提とした運転期間の延長など、既設原発の最大限の活用、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設など、今後の政治判断を必要とする項目が示されました。 これらの中には、実現に時間を要するものも含まれますが、再エネや原子力はGXを進める上で不可欠な脱炭素エネルギーです」(首相官邸ホームページより)
これほど露骨に原発依存を語った首相が東日本大震災以降、いただろうか。
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