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臆面もなく原発回帰、「悪夢」忘れた岸田政権の危うさ

選挙で争点にせず、あっけらかんと新増設に言及

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

 目先の利害や思い込みにとらわれて津波対策もろくに考えずに招いた原発メルトダウン。命がけで闘った福島第一原発所長の吉田昌郎氏が「イメージは東日本壊滅」と述べた危機の教訓をもう忘れたかのように、岸田政権は臆面もなく全面的な原発回帰路線を打ち出した。

 脱炭素を口実に、電力の不足や料金値上げで脅せば国民の賛成は得られると踏んだのだろうか。しかし、そういう姿勢では、亡国の危機を招きかねない。この国の行方を真剣に考え、のちの世代の平和と安全、環境と経済の調和に責任を持つ政治とはいえない。日本を滅ぼす巨大リスクを回避するには脱炭素と脱原発を両立させる以外に道はない。そのための論議を活発化させる役割が政治にもメディアにも求められている。

「東日本壊滅」の悪夢を忘れたのか

 吉田所長が事故の後で政府の聞き取り調査に応じて述べた言葉を岸田首相はよく読むべきである。聴取は2011年7月から11月にかけて行われ、A4判で400ページを超えるが、所長が抱いた恐怖の核心は、メルトダウンの連鎖で注水作業もできなくなるという最悪の事態を想定して述べた以下の言葉に象徴されている。

 「ここで本当に死んだと思ったんです」

 「炉心が溶けて、チャイナシンドロームになりますということと、そうなった場合は何も手をつけられないですから(中略)、凄まじい惨事です」

 「燃料分が全部外へ出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージは東日本壊滅ですよ」

拡大福島第一原子力発電所の吉田昌郎所長(当時)=2011年撮影
 当時の原子力委員会の近藤駿介委員長が菅直人首相の指示でひそかに作った「最悪シナリオ」もほぼ同様の想定で、住民の強制移住区域が半径170キロメートルとそれ以遠に及ぶ可能性があり、移住を任意で認める区域も半径250キロ以遠に達する可能性があるとされた。福島県全域や仙台、山形、宇都宮、水戸の各市が強制移住(避難)区域に含まれ、東京23区と千葉、横浜、さいたま、前橋、新潟の各市が任意移住区域に含まれるという想定だった。

 この「東日本壊滅」が現実とならなかったのは、福島第一原発2号機が何らかの不具合もしくは欠陥によって原子炉の圧力容器が壊れたため爆発を免れたことと、4号機では工事の遅れで隣接プールに貼られていた水が振動で原子炉に流れ込んだという偶然が重なったことによるとみられているが、真相究明はなされていない。

 原発を次々と再稼働していけば、事故のリスクは高まらざるをえない。ロシアによるウクライナ侵略で原発の脆弱性が示されたことも十分に考えなければいけない。東日本大震災のころ、「最新の原子炉なら、飛行機が落ちても大丈夫」などという説明を電力会社の幹部から聞いたことがあったが、その幹部は軍事衝突やテロなどは想定していなかった。

拡大破損した福島第一原発3号機=2011年3月18日、陸上自衛隊中央特殊武器防護隊撮影
 かりに東海原発や浜岡原発で福島第一のような悲劇が起きれば、東京に人が住めなくなる懸念はぬぐえない。他の地域でも同様だ。原発回帰では「壊滅」の悪夢は消えないどころか再び甦る。政府がいくら安全や安心を唱えても、地下でプレートがひしめき合う日本に原発の稼働が続く限り、がんで死んだ吉田所長の遺言は繰り返し想起されるに違いない。そんな心配をせずに平和に暮らしたいと望む国民の声に政治は耳を傾けるべきであるのに、事態は逆方向に進んでいる。

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) ジャーナリスト、元上智大学教授

群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。経済部員、ニューヨーク支局員などを経て、論説委員、編集委員を務めた。2014~22年3月、上智大学教授(政策ジャーナリズム論)。著書に『財政構造改革』『消費税をどうするか』(いずれも岩波新書)、『デフレ論争のABC』(岩波ブックレット)など。監訳書に『危機と決断―バーナンキ回顧録』(角川書店)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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