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デフレ脱却と成長を成し遂げられなかった安倍政権は、何を「保守」したのか~佐伯啓思氏に聞く(上)

相矛盾した「第一の矢」と「第二の矢」、そして失敗した「第三の矢」

原真人 朝日新聞 編集委員

 今回、「アベノミクスとは何だったのか」シリーズにご登場いただくのは、政治、経済を中心に評論活動をおこなっている社会思想家であり、有力な保守論客でもある佐伯啓思・京都大名誉教授である。

 佐伯さんには10年前、TPP(環太平洋経済連携協定)の是非をめぐって、反対論の佐伯さんに、賛成の立場から私が論争を挑むという形でインタビューをお願いしたこともある。今回は安倍晋三政権を「近年これだけ仕事をした政権はなかった」と一定の評価をしている佐伯さんに、アベノミクスに批判的な私がいくつかの切り口から疑問点をお尋ねする。

 インタビューは(上)(下)2回に分けて掲載する。まず(上)では、グローバリズムや資本主義の歴史的文脈のなかにアベノミクスをどう位置づけるか、について語っていただく。

佐伯啓思氏拡大佐伯啓思氏

さえき・けいし〉 1949年奈良県生まれ。思想家。東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。滋賀大学教授、京都大学大学院教授などを歴任。現在は京都大学名誉教授、京都大学人と社会の未来研究院特任教授。著作でサントリー学芸賞、東畑記念賞、読売論壇賞などを受賞。朝日新聞に不定期にコラム「異論のススメ スペシャル」を寄稿している。これらの論考をもとに今年「さらば、欲望」(幻冬舎新書)を出版。

山上事件に見る「現代的な居心地の悪さ」

――10年前、TPPについてインタビューをさせていただきました。私は今もTPPはやってよかったと思っていますが、そのときに佐伯さんが指摘された「グローバリズムの行き過ぎ」という問題意識については、昨今の国際情勢を見て、より強く共感するようになりました。19世紀後半から20世紀初頭にかけての第一次グローバリズムのあと、世界が二つの大戦に至ってしまった時代の空気と似たものが昨今、漂っていませんか。

 「第2次大戦前の状況と現代との類似性はカール・ポランニーが著書『大転換』で述べていることが参考になります。当時のすべての問題は、自由放任的な自己調整的な市場を作り上げてしまったことによるのだ、と。いまでいう市場主義です。これによって格差や失業が生まれ、さまざまな社会的問題が起きるようになりました。それを解決するために三つのシステムができあがりました。社会主義、ファシズム、米国ルーズベルト政権による公共政策(ニューディール政策)です」

 「いいか悪いかは別にして、ファシズムを生みだしたのは本質的には自由競争市場が自立するという考え方で、市場が自動的に自己調整的にシステムを作り出すという考え方です。それが社会を痛めつけることになる、それに問題の源泉がある、とポランニーは指摘しました。これはその後もずっと続く問題で、今回ウクライナ危機の前提でもあります」

――社会に漂う不穏な空気もどこか戦前に似てきています。安倍晋三・元首相の殺害事件がまさにそうです。

 「不穏さ、ですね。戦争前に似ていると言う人も多い。だけど僕はやはり状況は少し違うと思う。戦争前夜とまでは思わない。戦前は、日本は国内の矛盾が引き金になって海外に軍事進出しました。今日、それはまず考えられません。それよりむしろ逆に、戦前の危機感のような強い政治的信条でテロを起こすだけの政治的な強さがあるのかどうかと思うのです」

――貧困や格差、自分が恵まれていないことの不条理への反発、行きどころがないという不安。そういうことを感じる人たちが世の中に増えているのは確かです。これは大変まずい状況ではないでしょうか。

 「もちろんそうです。僕がちょっと違うと言ったのは、こういうことです。戦前は日本全体が閉塞感のなかに追い込まれ、そのなかでテロが起きました。そして、そういう社会不安を背景に、日本は大陸に侵攻していった。しかし、いま日本が侵略戦争を起こす可能性などゼロです。逆に日本が攻撃される可能性の方があります。ただそうなれば、それに対して国内からたいへんな反発が出るでしょう。政府は何をしてるんだ、と。そういう意味で不穏な状態であるのはまちがいありません。とはいえ、それは戦前のような日本からの侵略ではないでしょう」

 「それから(安倍元首相殺害の)山上事件の特徴は、安倍さんを狙った政治的意図は皆無なのに、結局は標的が安倍さんにいってしまったという点にあって、非常に妙なことでした。もちろん、後になって旧統一教会と自民党議員のつながりが論議されますが、それが山上徹也容疑者の認識でも目的でもなかった。本来の目的と関係がないのに妙なところにスライドして狙いが政界トップにまで行ってしまった。この奇妙さの方が何か不気味な印象を与えます。しかも、彼は判断能力の欠如した人物どころか、きわめて周到に準備している。この辻褄の合わなさの方が現代的な居心地の悪さを感じさせます」

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筆者

原真人

原真人(はら・まこと) 朝日新聞 編集委員

1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた〈20年〉』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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