相矛盾した「第一の矢」と「第二の矢」、そして失敗した「第三の矢」
2022年10月21日
今回、「アベノミクスとは何だったのか」シリーズにご登場いただくのは、政治、経済を中心に評論活動をおこなっている社会思想家であり、有力な保守論客でもある佐伯啓思・京都大名誉教授である。
佐伯さんには10年前、TPP(環太平洋経済連携協定)の是非をめぐって、反対論の佐伯さんに、賛成の立場から私が論争を挑むという形でインタビューをお願いしたこともある。今回は安倍晋三政権を「近年これだけ仕事をした政権はなかった」と一定の評価をしている佐伯さんに、アベノミクスに批判的な私がいくつかの切り口から疑問点をお尋ねする。
インタビューは(上)(下)2回に分けて掲載する。まず(上)では、グローバリズムや資本主義の歴史的文脈のなかにアベノミクスをどう位置づけるか、について語っていただく。
〈さえき・けいし〉 1949年奈良県生まれ。思想家。東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。滋賀大学教授、京都大学大学院教授などを歴任。現在は京都大学名誉教授、京都大学人と社会の未来研究院特任教授。著作でサントリー学芸賞、東畑記念賞、読売論壇賞などを受賞。朝日新聞に不定期にコラム「異論のススメ スペシャル」を寄稿している。これらの論考をもとに今年「さらば、欲望」(幻冬舎新書)を出版。
――10年前、TPPについてインタビューをさせていただきました。私は今もTPPはやってよかったと思っていますが、そのときに佐伯さんが指摘された「グローバリズムの行き過ぎ」という問題意識については、昨今の国際情勢を見て、より強く共感するようになりました。19世紀後半から20世紀初頭にかけての第一次グローバリズムのあと、世界が二つの大戦に至ってしまった時代の空気と似たものが昨今、漂っていませんか。
「第2次大戦前の状況と現代との類似性はカール・ポランニーが著書『大転換』で述べていることが参考になります。当時のすべての問題は、自由放任的な自己調整的な市場を作り上げてしまったことによるのだ、と。いまでいう市場主義です。これによって格差や失業が生まれ、さまざまな社会的問題が起きるようになりました。それを解決するために三つのシステムができあがりました。社会主義、ファシズム、米国ルーズベルト政権による公共政策(ニューディール政策)です」
「いいか悪いかは別にして、ファシズムを生みだしたのは本質的には自由競争市場が自立するという考え方で、市場が自動的に自己調整的にシステムを作り出すという考え方です。それが社会を痛めつけることになる、それに問題の源泉がある、とポランニーは指摘しました。これはその後もずっと続く問題で、今回ウクライナ危機の前提でもあります」
――社会に漂う不穏な空気もどこか戦前に似てきています。安倍晋三・元首相の殺害事件がまさにそうです。
「不穏さ、ですね。戦争前に似ていると言う人も多い。だけど僕はやはり状況は少し違うと思う。戦争前夜とまでは思わない。戦前は、日本は国内の矛盾が引き金になって海外に軍事進出しました。今日、それはまず考えられません。それよりむしろ逆に、戦前の危機感のような強い政治的信条でテロを起こすだけの政治的な強さがあるのかどうかと思うのです」
――貧困や格差、自分が恵まれていないことの不条理への反発、行きどころがないという不安。そういうことを感じる人たちが世の中に増えているのは確かです。これは大変まずい状況ではないでしょうか。
「もちろんそうです。僕がちょっと違うと言ったのは、こういうことです。戦前は日本全体が閉塞感のなかに追い込まれ、そのなかでテロが起きました。そして、そういう社会不安を背景に、日本は大陸に侵攻していった。しかし、いま日本が侵略戦争を起こす可能性などゼロです。逆に日本が攻撃される可能性の方があります。ただそうなれば、それに対して国内からたいへんな反発が出るでしょう。政府は何をしてるんだ、と。そういう意味で不穏な状態であるのはまちがいありません。とはいえ、それは戦前のような日本からの侵略ではないでしょう」
「それから(安倍元首相殺害の)山上事件の特徴は、安倍さんを狙った政治的意図は皆無なのに、結局は標的が安倍さんにいってしまったという点にあって、非常に妙なことでした。もちろん、後になって旧統一教会と自民党議員のつながりが論議されますが、それが山上徹也容疑者の認識でも目的でもなかった。本来の目的と関係がないのに妙なところにスライドして狙いが政界トップにまで行ってしまった。この奇妙さの方が何か不気味な印象を与えます。しかも、彼は判断能力の欠如した人物どころか、きわめて周到に準備している。この辻褄の合わなさの方が現代的な居心地の悪さを感じさせます」
――佐伯さんは、現代は「世界中が資本主義化している」と指摘されています。その権化のような思想が「アベノミクス」だったのではないですか。マネー中心であり、カネさえばらまけばうまくいく、という考え方です。
「それはアベノミクスに対する過大評価だと思いますよ。資本主義を定義すれば、基本的にはお金を運用し、資本を拡大して新たなフロンティアを獲得する、ということです。戦後の先進国はずっとこれでやっています。冷戦以降のグローバリズムで一気に世界の流れとなりました」
「しかもそれは、ただの資本主義ではありません。国家資本主義です。国家が主導し、戦略にもとづいてお金の流れを誘導し、財政・金融政策を進める。世界という大きなマーケットが生まれ、それを誰が奪うかという非常に激しい競争が1980年代の米レーガン政権時代から始まりました。90年代にはブッシュ(父)政権、クリントン政権が日本に構造改革や市場開放を要求してきました。これだって米国が国家資本主義によって、米国のマーケットを日本にまで拡大しようとした試みです」
――ブッシュ(父)大統領が自動車大手の米ビッグ3のトップを引き連れて来日し、日本に米国製品を輸入するよう求めてきたこともありました。
「日本進出した米玩具小売りチェーン『トイザらス』の店にまで視察に行きました。当時、米国は『日本は国家が産業政策で経済に介入している』と批判してきましたが、米国は大統領と一緒にビッグ3トップがやって来たわけです」
「米国は自由競争を主張しながらも実際には明らかに国家資本主義です。国家戦略的経済といってもよいでしょう。クリントン政権は米国が世界市場を押さえるために金融革命とIT革命に乗り出しました。そのためにワシントン、シリコンバレー、ウォール街を結びつけたのです。これに成功し、金融と情報をつなげ、さらに金融工学を駆使しました。情報と金融の分野は完全に限界費用逓減の世界なので、米国はこの分野で優位にたてば、世界市場を押さえることができました」
「そのとき日本はと言えば、政府は何もやっていません。『構造改革をやれ。市場競争に委ねよ』と号令を掛けただけで、何の国家戦略も持たなかった。第1次安倍政権のあと、安倍さんに尋ねたことがあります。『小泉内閣のときには米も欧も中国も国家戦略があったが、日本に国家戦略はあったのか』と。すると安倍さんは『まったくなかった。失敗だった』と言っていました」
「日本だけが『政府は何もするな、民間にまかせろ、政府は規制を撤廃すればよい』いうやり方でした。その後、リーマン・ショックが起きて、米国ではもっと大規模に政府がカネをばらまくようになった。日本ではその後、東日本大震災が起きましたが、民主党政権は経済政策ではほとんど見るべきものはありません」
「そして第2次安倍政権は、
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください