お金の教育で必要なのは「お金で解決できる問題は存在しない」と教えること
2022年11月01日
岸田政権は発足以来、所得倍増計画を掲げていたが、今年5月のイギリスでの講演で、突如「資産所得倍増計画」を発表した。「貯蓄から投資」へ個人資産がシフトすることを通じて、資産所得を増加させることを目指している。この8月には金融庁が金融教育を国家戦略として推進すると提言したが、ここでいう金融教育は決して資産運用の教育ではないが、世間では資産運用の教育と捉える傾向が強い。
自己投資、設備投資、未来への投資、人でも会社でも国でも投資をすることで成長できる。2000兆円もの個人資産が投資へ向かえば、日本の成長が望めそうな気がする。しかし、そこには大きな誤解がある。「貯蓄から投資」へという場合の投資は、家計(個人)の資産運用という意味でしかないからだ。これは、成長ではなく分配の話でしかない。
金融教育と称して、資産運用の教育ばかりに力をいれるようになれば、日本は成長することなく失われた30年を40年に引き伸ばすだけだろう。
自分の財布だけを見ていると、「貯蓄から投資」へお金を流して、「資産所得倍増」すること、つまり資産運用こそが投資の目的に思える。しかし、資産運用は投資の一側面でしかない。
今から30年ほど前、Japan as No.1 と言われていた1989年当時の世界の時価総額ランキングは、NTT(当時は日本電信電話)、日本興業銀行、住友銀行といった日本の企業が世界のトップ3を独占していた。トップ10のうち7社が日本企業だった。ところが2022年現在、世界経済における日本企業の存在感は見る影もない。最高位は31位のトヨタだ。
バブル期に日本企業の価値が過大評価されたことを差し引いたとしてもこの凋落ぶりは半端ない。半導体しかり、造船・海運しかり、さまざまな産業で世界一の座から引きずり下ろされている。
現在の時価総額トップ10は、GAFAやテスラなどのアメリカ企業が上位を占めている。アメリカでは情報技術や電気自動車など新しい産業への投資がうまくいったのは間違いない。ただし、この投資というのは、“お金のタネ”をまいておいて、“お金のなる木”が実を結ぶのを待つことではない。お金を受け取って新しい技術の研究や、新しい製品の開発を行う人たちの存在が不可欠だ。彼らが生み出す商品やサービスを未来の消費者が使うことで、企業は収益という実りを手にして、投資家がその一部を受け取るのだ。
アメリカには、ザッカーバーグ(メタ)やイーロンマスク(テスラ)といった未来を描くことのできるリーダーがいて、それを実現する優秀な人材が集まった。新興企業が成長できる文化や制度、社会基盤も存在していたから実現できたのだ。
日本が凋落したのは、お金が足りなくて、投資ができなかったからではない。既存の企業であれ、新興企業であれ、お金を受け取って研究開発を行う人が増えなかったからだ。そういった人の流れが作れなかったことで、投資マネーの向かうべき魅力的な投資先が存在しなかった。お金がなかったからではないのだ。その証拠に、既存の企業は内部留保を増やしている。それに、もしも魅力的な投資先が存在していたのなら、日本の個人資産が投資にまわっていなくても、海外から投資マネーがいくらでも入ってきていたはずだ。お金は簡単に国境を越えられるのだ。
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