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米中の分断・衝突を防ぐために、経済の知恵を

台湾有事、シミュレーションでは日本も「戦場」に

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

2020年に仙台上空で確認された飛行物体。米国上空に達した気球とよく似ている=仙台市天文台提供
 気球騒ぎでまたひとつ、米国と中国のいさかいの種が増えた。覇権争いの様相を見せる米中対立は経済面にも暗い影を落とし、軍事と絡む半導体の先端技術を中国に渡さないための規制を米政権が一段と強化するなか、このままでは米国によるデカップリング(切り離し)戦略で世界経済が分断されかねないとの懸念が広がっている。

 戦前や冷戦期のようなブロック化は、軍事衝突の土壌ともなる。米国のシンクタンクは、台湾をめぐる米中戦争をシミュレーションし、日本も相当な犠牲をはらうことになるという想定を公表した。ことここに至った今日、戦争の危機を封じ込めるには、世界経済の分断に歯止めをかける知恵と努力が求められる。

中国「切り離し」で傷つくのは米国

 元米財務長官のヘンリー・ポールソン氏は今年1月末に米国のシンクタンクである外交問題評議会の機関誌『フォーリンアフェアーズ』に「アメリカの対中政策は機能していない」と題する論文を寄稿した。

ポールソン元米財務長官
 「米国と中国の安定した関係がなければ、世界は危険であまり繁栄できない場所になってしまうだろう」として、米国が特定の国々と同盟を強化してゆく現在の戦略は、長い目で見れば企業の競争力を低下させ、消費者が輸入物価の高騰にさらされることを通じて、中国よりも米国民を傷つけてしまうだろうと警鐘を鳴らした。

 また、ワシントンの強硬論者の思惑とは裏腹に「デカップリングどころか、多くの国々がサプライチェーン(供給網)の変更などで中国依存を減らしつつも、貿易関係を深化させている」として、米国が欧州連合(EU)の最大の貿易相手国の地位を中国に奪われてしまったのも、その表れだと述べている。アフリカ諸国やサウジアラビア、インドネシアなどが中国との貿易・経済関係を強化しているとも指摘した。

 一方、安全保障と密接な関連がある半導体などハイテク分野に限れば、ポールソン氏は「デカップリングは不可避だ」とも述べる。しかし、世界第二の経済大国で、世界最大の工場であり、世界最大の貿易国である中国と米国の経済全体を切り離すことなど無意味で有害だと主張する。要するに軍事面では先端技術を中国に渡さないようにするのはいいが、ビジネスや生活で米国民が損をするような政策は賢明ではなく、採るべきでないのだから、デカップリング政策は限定的に運用すべきだというのである。

 財務長官時代に中国の協力を得てリーマン・ショックを乗り切ったポールソン氏は、今後についても「金融危機は不可避なのだから、米中が混乱を抑え込むために協力できなければいけないし、平素から米国の財務省は中国と緊密な連絡を取り、世界と米中それぞれのマクロ経済と金融リスクについて意思疎通を図る必要がある」と経済協調の必要を説いた。

経済の「分断」にIMFや経団連も危機感

 国際通貨基金(IMF)も米中経済分断の危うさを懸念するリポートをまとめた。昨年10月にアジア太平洋地域経済見通しの一環として公表されたもので、「世界経済の分断化の憂慮すべき初期の兆候」を指摘するとともに、世界貿易のつながりが損なわれるとどんな悪影響が出るかを試算した。

 それによれば、米中関係の緊張の高まりなどで貿易政策への不安が増大すると、企業が将来の不確実性を考慮して投資や雇用を控えるため、2年後にはアジア太平洋地域への投資が約3・5%、国内総生産(GDP)は0・4 %それぞれ減少するという。また、失業率が1ポイント上昇すると試算した。

 日本経団連も昨年9月に発表した提言「自由で開かれた国際経済秩序の再構築に向けて―貿易投資分野における日本の役割と戦略」で米中の戦略的競争やロシアによるウクライナ侵略などで「第二次大戦前と同様のブロック化さえ懸念される」と指摘した。

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