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日銀が国債を大量に買っても、国力を維持すれば円の暴落も財政破綻も起きない

黒田日銀の10年とは~門間一夫さんに聞く(後編)

原真人 朝日新聞 編集委員

 みずほリサーチ&テクノロジーズ・エグゼクティブエコノミストで元日銀理事の門間一夫さんは、国債市場を混乱させる原因となっている日銀の「イールドカーブ・コントロール」(YCC=長短金利操作)の撤廃を主張する。ただしそれはあくまで現在起きている副作用を軽減するための枠組み変更であり、金融緩和自体はまだまだ必要である、とも言う。黒田日銀の10年についても異次元緩和をやることは避けようがなかった、としている。どういうことか。前編に引き続き聞く。

「市場は支配できる」というおごり

――日銀が理想的なイールドカーブや長期金利を「コントロール」する、と言ってしまったのは日銀のおごりだったのではないですか。もともと日銀は「中央銀行に短期金利はコントロールできるが、長期金利はできない」と言っていたのに、なぜ急にそうなってしまったのか。

門間 私も日銀がYCCを持ち出してきたとき、本当にびっくりしました。本当に、です。これをやるのか、と。私は、これはさすがにやらないだろうと思っていました。日銀がそのときにやった「総括的検証」で、80兆円の国債買い入れは維持するが「市場の状況に応じて弾力的に行う」といった自由度の高いやり方で、当時問題だった長期金利の「下がりすぎ問題」を和らげるのだろうと予想していました。

 これはコントロールという言葉に「おごり」があったとかいう問題ではありません。一定の長期金利水準を明示的なターゲットにすると、のちのちの修正や出口の際に非常に難しい技術的な問題に直面するので、よくそれに踏み切ったなという意味で驚きだったのです。

 ちなみにやはり長期金利操作を導入したオーストラリアの中央銀行は「イールドカーブ・ターゲット(YCT)」と言っていました。ターゲットであっても、やることはコントロールと同じです。その豪州中銀は出口で大失敗しました。そのくらい無理のある政策なのです。

――日銀幹部は「やってみたら長期金利を操作できることがわかった」と説明していました。

門間 まあ、コントロール自体は今でも、できているといえばできているわけです。ものすごい量の国債を買って。ただし、今の状況で問われているのは「コントロールすべきかどうか」です。雨宮副総裁も2017年の講演で、コントロールできるかどうかという問題とコントロールすべきかどうかという問題の二つがある、と言っていました。そして当時は「今のような非常時にはコントロールすべきだ」とも。しかし今はそういう非常時ではありません。コントロールすべきではないということになるはずです。

――さきほど話に出た2000年のゼロ金利解除も、06年の量的緩和の解除も、いずれも「日銀の失敗」と総括されています。しかし本当に失敗だったのでしょうか。金融政策は可変であり、いちど引き締めても経済状況が変わったらまたすぐに緩和すればいい。それだけの話ではないですか。

門間 政府が「あれは間違いだった」と認定したわけですし、世の中にはそう考えている人が多いですね。

――日銀がみずから「間違えた」と言っているからではないですか。米国で2013年に起きた「バーナンキ・ショック」について、日銀の人たちは「あれも間違いだった」と言っています。これもおかしい。米国の中央銀行FRBは量的緩和からの出口戦略をその8カ月後に始めたのですが、バーナンキ・ショックがあったからこそ、出口戦略を市場に織り込ませることができました。そういう意味があったのに「失敗」と断じてしまえば、歴史認識がゆがんでしまいます。

門間 それはそうかもしれませんが、いずれにせよ世の中が2000年のゼロ金利解除は誤りだったと認識しているところに重さがあるのです。歴史とは人々の認識が作るものです。今の時点で「あれは間違いではなかった」と日銀が言ったところで意味のある反論にはなりません。

記者団の質問に答える黒田日銀総裁(2020年3月撮影)拡大記者団の質問に答える黒田日銀総裁(2020年3月撮影)

――歴史認識が誤っていたら、また同じ過ちを繰り返してしまうじゃないのでしょうか。

門間 それが「過ち」なのかどうかも、そのときその社会の大勢の認識で決まるものです。少なくとも今この時点では、2000年のゼロ金利解除は誤りだったと多くの人々に認識されているという前提で、日銀は今後の政策の決定や説明を考えていかなければならないと思います。それを無視してたとえば2%物価目標が達成できなかった場合、「日銀は20数年前のレッスンを学んでいないのか」と言われてしまう。何が正しいかよくわからないことは多数決が力を持ちます。民主主義社会ですからね。

――アベノミクスの評価もそうですね。経済界の多くの人たちは「アベノミクスは正しかった」と今でも思っているようです。円安・株高をもたらしてくれた、と。その因果関係は必ずしも正しいとは言えません。でもそういう印象だけが残っている。このままではまた同じことを繰り返しますよ。

門間 そうかもしれません。でも最近は、行きすぎた円安に対して「よくないんじゃないか」という論調も増えてきています。アベノミクスの初期のころとは(世論も)違ってきました。それに(アベノミクス当初の)あのときは1ドル=70円台まで行った過度な円高のあとに円安になったので「良かった」ということになっているわけで、近年の「安いニッポン」の円安までいいと言っている人はあまりいないと思いますよ。

――とはいえ、そこで始まった異次元緩和が最後はYCCにまでつながっていったことを思えば、やはり最初のボタンの掛け違いが尾を引いたわけですよね?

門間 たとえ最初に多少の無理があったとしてもそれが尾を引くことのないように、日銀はリスクマネジメントに努めてきたとも思います。

 私はYCCという具体策には賛成できませんが、2016年にマイナス金利政策を導入した後の日銀は、副作用対策にも意を配ってきました。それ以来日銀がいろいろ行ってきた修正はぜんぶ副作用対策です。16年9月初め、YCC開始直前に、黒田総裁が初めて(異次元緩和の)メリット、デメリット両方について言及しました。そこからの日銀は異次元緩和の弊害が大きくなるのを防ぐために一所懸命やってきた、副作用が大きくなっていくのをギリギリで止めてきた、というのが私の評価です。

 ただしその点は人によって評価が違います。「とんでもないことを10年も続け、財政規律をなくし、ゾンビ企業を生き残らせてしまった」という厳しい評価をしている日銀OBやエコノミストもいます。私はそこまでの弊害はなかっただろうと思っています。


筆者

原真人

原真人(はら・まこと) 朝日新聞 編集委員

1988年に朝日新聞社に入社。経済部デスク、論説委員、書評委員、朝刊の当番編集長などを経て、現在は経済分野を担当する編集委員。コラム「多事奏論」を執筆中。著書に『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日本「一発屋」論 バブル・成長信仰・アベノミクス』(朝日新書)、『経済ニュースの裏読み深読み』(朝日新聞出版)。共著に『失われた〈20年〉』(岩波書店)、「不安大国ニッポン」(朝日新聞出版)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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