黒田日銀の10年とは~門間一夫さんに聞く(後編)
2023年02月24日
みずほリサーチ&テクノロジーズ・エグゼクティブエコノミストで元日銀理事の門間一夫さんは、国債市場を混乱させる原因となっている日銀の「イールドカーブ・コントロール」(YCC=長短金利操作)の撤廃を主張する。ただしそれはあくまで現在起きている副作用を軽減するための枠組み変更であり、金融緩和自体はまだまだ必要である、とも言う。黒田日銀の10年についても異次元緩和をやることは避けようがなかった、としている。どういうことか。前編に引き続き聞く。
――日銀が理想的なイールドカーブや長期金利を「コントロール」する、と言ってしまったのは日銀のおごりだったのではないですか。もともと日銀は「中央銀行に短期金利はコントロールできるが、長期金利はできない」と言っていたのに、なぜ急にそうなってしまったのか。
門間 私も日銀がYCCを持ち出してきたとき、本当にびっくりしました。本当に、です。これをやるのか、と。私は、これはさすがにやらないだろうと思っていました。日銀がそのときにやった「総括的検証」で、80兆円の国債買い入れは維持するが「市場の状況に応じて弾力的に行う」といった自由度の高いやり方で、当時問題だった長期金利の「下がりすぎ問題」を和らげるのだろうと予想していました。
これはコントロールという言葉に「おごり」があったとかいう問題ではありません。一定の長期金利水準を明示的なターゲットにすると、のちのちの修正や出口の際に非常に難しい技術的な問題に直面するので、よくそれに踏み切ったなという意味で驚きだったのです。
ちなみにやはり長期金利操作を導入したオーストラリアの中央銀行は「イールドカーブ・ターゲット(YCT)」と言っていました。ターゲットであっても、やることはコントロールと同じです。その豪州中銀は出口で大失敗しました。そのくらい無理のある政策なのです。
――日銀幹部は「やってみたら長期金利を操作できることがわかった」と説明していました。
門間 まあ、コントロール自体は今でも、できているといえばできているわけです。ものすごい量の国債を買って。ただし、今の状況で問われているのは「コントロールすべきかどうか」です。雨宮副総裁も2017年の講演で、コントロールできるかどうかという問題とコントロールすべきかどうかという問題の二つがある、と言っていました。そして当時は「今のような非常時にはコントロールすべきだ」とも。しかし今はそういう非常時ではありません。コントロールすべきではないということになるはずです。
――さきほど話に出た2000年のゼロ金利解除も、06年の量的緩和の解除も、いずれも「日銀の失敗」と総括されています。しかし本当に失敗だったのでしょうか。金融政策は可変であり、いちど引き締めても経済状況が変わったらまたすぐに緩和すればいい。それだけの話ではないですか。
門間 政府が「あれは間違いだった」と認定したわけですし、世の中にはそう考えている人が多いですね。
――日銀がみずから「間違えた」と言っているからではないですか。米国で2013年に起きた「バーナンキ・ショック」について、日銀の人たちは「あれも間違いだった」と言っています。これもおかしい。米国の中央銀行FRBは量的緩和からの出口戦略をその8カ月後に始めたのですが、バーナンキ・ショックがあったからこそ、出口戦略を市場に織り込ませることができました。そういう意味があったのに「失敗」と断じてしまえば、歴史認識がゆがんでしまいます。
門間 それはそうかもしれませんが、いずれにせよ世の中が2000年のゼロ金利解除は誤りだったと認識しているところに重さがあるのです。歴史とは人々の認識が作るものです。今の時点で「あれは間違いではなかった」と日銀が言ったところで意味のある反論にはなりません。
――歴史認識が誤っていたら、また同じ過ちを繰り返してしまうじゃないのでしょうか。
門間 それが「過ち」なのかどうかも、そのときその社会の大勢の認識で決まるものです。少なくとも今この時点では、2000年のゼロ金利解除は誤りだったと多くの人々に認識されているという前提で、日銀は今後の政策の決定や説明を考えていかなければならないと思います。それを無視してたとえば2%物価目標が達成できなかった場合、「日銀は20数年前のレッスンを学んでいないのか」と言われてしまう。何が正しいかよくわからないことは多数決が力を持ちます。民主主義社会ですからね。
――アベノミクスの評価もそうですね。経済界の多くの人たちは「アベノミクスは正しかった」と今でも思っているようです。円安・株高をもたらしてくれた、と。その因果関係は必ずしも正しいとは言えません。でもそういう印象だけが残っている。このままではまた同じことを繰り返しますよ。
門間 そうかもしれません。でも最近は、行きすぎた円安に対して「よくないんじゃないか」という論調も増えてきています。アベノミクスの初期のころとは(世論も)違ってきました。それに(アベノミクス当初の)あのときは1ドル=70円台まで行った過度な円高のあとに円安になったので「良かった」ということになっているわけで、近年の「安いニッポン」の円安までいいと言っている人はあまりいないと思いますよ。
――とはいえ、そこで始まった異次元緩和が最後はYCCにまでつながっていったことを思えば、やはり最初のボタンの掛け違いが尾を引いたわけですよね?
門間 たとえ最初に多少の無理があったとしてもそれが尾を引くことのないように、日銀はリスクマネジメントに努めてきたとも思います。
私はYCCという具体策には賛成できませんが、2016年にマイナス金利政策を導入した後の日銀は、副作用対策にも意を配ってきました。それ以来日銀がいろいろ行ってきた修正はぜんぶ副作用対策です。16年9月初め、YCC開始直前に、黒田総裁が初めて(異次元緩和の)メリット、デメリット両方について言及しました。そこからの日銀は異次元緩和の弊害が大きくなるのを防ぐために一所懸命やってきた、副作用が大きくなっていくのをギリギリで止めてきた、というのが私の評価です。
ただしその点は人によって評価が違います。「とんでもないことを10年も続け、財政規律をなくし、ゾンビ企業を生き残らせてしまった」という厳しい評価をしている日銀OBやエコノミストもいます。私はそこまでの弊害はなかっただろうと思っています。
――黒田日銀は500兆円近い国債を買い上げ、事実上の「財政ファイナンス」をやってきました。これは、とんでもないことではないのですか。
門間 金融機関の収益源を吸い上げたということで言えば、とんでもないことです。ただ、別に財政規律に関連する話ではありません。ましてや、それで日本がダメになるとか、いずれ円が暴落するとか、そういう話ではぜんぜんないと思います。
――いずれ円が暴落するリスクはないのですか。
門間 戦争や自然災害など他の理由で暴落する可能性を否定はしませんが、日銀が国債を500兆円持っているという理由で暴落することはありません。
――このまま続けていたら、日銀の国債保有シェアは現在の5割から6割7割と増えていく可能性もあります。そうなったときに日本の財政の持続可能性が疑われるのではないですか。
門間 6割7割になるかどうかはわかりませんし、仮になっても、どういう理由で7割になったかによると思います。その国の基礎的な強さ、つまり財やサービスを生み出す力が大幅に低下すれば、通貨は暴落する可能性が高まります。でも財政赤字が大きいとか、中央銀行が国債をたくさん持っているというだけで通貨は暴落しないと思います。
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