小林美希(こばやし・みき) 労働経済ジャーナリスト
1975年、茨城県生まれ。茨城県立水戸第一高、神戸大学法学部を卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部(契約社員)を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。就職氷河期世代の雇用問題、保育や看護の分野がライフワーク。『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『ルポ看護の質』『ルポ保育格差』(岩波新書)、『年収443万円』(講談社現代新書)など著書多数。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
少子化は生活者の無言の抵抗。非正規雇用を減らし、人間の使い捨て時代を終わりに
2022年の出生数が80万人を割り込む見通しとなり、岸田文雄首相が打ち出した「異次元の少子化対策」――。少子化対策は、①児童手当などの経済的支援の強化、②産後ケア、保育などの支援の拡充、③働き方改革--が3本柱だが、どれも既存施策の焼き直しにとどまる。
岸田首相は子ども予算を倍増すると言及するが具体策に乏しく、議論は児童手当の所得制限を撤廃するかどうかに集中している。少子化の原因は多岐に渡るが、筆者は約20年前から雇用情勢が結婚、出産に影響する問題を追っており、本質的な原因は非正規雇用の増加にあると見ている。本稿では非正規雇用と少子化の問題を整理していく。
たとえば、近著『年収443万円』では、非正規雇用で低収入の状況が長く続く男性(50代半ば)が「結婚して子どもがいる生活。そんな、ささやかな幸せも望めません」と嘆く。同居する母親の介護を数年前から担っているため、仕事に制約もかかっている。男性の年収は約200万円で、「大学院時代の奨学金の返済も滞っています。もう結婚も子どもも、諦めました」と肩を落とす。
日本の平均年収は全体で443万円だが、正社員だと508万円、正社員以外だと198万円という差がある(国税庁「民間給与実態統計調査」2021年実績)。たとえ平均年収があっても弁当を作り、ペットボトルのお茶は買わずに水筒を持参するなど、節約の毎日。ちょっとランチに出かけよう、スターバックスでお茶をしようという“普通”の暮らしができなくなりつつある。
そうしたなか、そもそも雇用や収入が不安定で目の前の生活で精いっぱいでは、結婚できない現実もある。男性の場合は30代後半で約4割が未婚で、40代でも3人に1人が、50代では4~5人に1人が未婚になっている(2020年「国勢調査」)。
内閣府の「少子化社会に関する国際意識調査」(2020年度)で、「独身の理由」を尋ねている。理由のトップは「適当な相手にめぐり合わないから」が50.5%と半数を占めた。2位は「自由さ気楽さを失いたくないから」(38.6%)。ここでは3位の「経済的に余裕がないから」(29.8%)に着目したい。
実際、男性が正社員か非正社員かで結婚に差が出ている。男性が30~34歳の時に正社員だと59.0%に配偶者がいる一方、非正規雇用に配偶者がいる割合は22.3%に留まる。非正規雇用のうちパート・アルバイトに限ると同15.7%と、さらに低くなる(総務省「就業構造基本調査」2017年)。
非正規雇用と出生数の関係を見ていくと、不安定雇用の増加に伴い出生数が減っていることが分かる(下図)。
労働者に占める非正規雇用の割合は、バブル崩壊前の1990年の20.2%から上昇し続け、2022年(1~3月平均)は36.7%となっている(総務省「労働力調査」)。ちなみに2022年の非正規雇用のうち65歳以上の高齢労働者が約19%を占めるものの、25~34歳の非正規雇用は231万人、35~44歳は320万人で、それぞれ非正規雇用のうち約11%、約15%を占めており、25~44歳でおよそ3人に1人が非正規雇用となる。
この間、1991年にバブル崩壊、97年に金融不安、2001年にITバブル崩壊、08年にリーマンショックが起こった。不況が起こるたびに経済界からの要請があり、「失業するよりはマシ」と、自民党政権下で労働法制の規制緩和が繰り返された。その結果、企業は少なからず、非正規雇用を増やして人を切りやすくするという安易な方法で目先の利益を確保するようになり、事業の長期成長戦略を立てるような真の構造改革から目を背けていった。
非正規雇用が増加する大きな転機は二度あった。一つ目が1999年の労働者派遣法の改正だ。それまで規制がかかっていた派遣できる業務が原則、自由化された。二つ目が2004年の製造現場への派遣解禁となる。
派遣労働者の数は、2000年度で約139万人、2004年度は約227万人に増えて、2008年度に約399万人とピークを迎えた。リーマンショックの引き金となったリーマン・ブラザース社の経営破たんは2008年9月。その後に工場を中心に「派遣切り」が起こって失業者が溢れた。